伊勢物語(2024, March 20). In Wikipedia.
伊勢物語
小学館 新編日本古典文学全集12
福井貞助 校注を参考にしたが、現代語訳と英訳は山元啓史が行った。
- 0段【凡例】
- 1段【初冠】
- 1
むかし、男、初冠して、奈良の京春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。
昔、ある男が初めて冠をかぶり、縁あって、奈良の京、春日の里に狩りに行った。
Once upon a time, a man, newly crowned, went hunting in the village of Kasuga in Nara.86 - 2
その里に、いとなまめいたる女はらからすみけり。
その里に、非常に美しい姉妹が住んでいた。
In that village, there lived two very beautiful sisters.56 - 3
この男かいまみてけり。
この男は、彼女たちを見てしまった。
This man saw them.18 - 4
思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。
思いがけず、旧都には不似合いであったので、心が動揺してしまった。
He was unexpectedly disturbed because two sisters were not used to the old capital.83 - 5
男の、着たりける狩衣の裾をきりて、歌を書きてやる。
男の着ていた狩衣の裾を切って、歌を書いて贈った。
The man cut off the hem of his hunting clothes and wrote a poemto them.71 - 6
その男、信夫摺の狩衣をなむ着たりける。
その男は、信夫摺の狩衣を着ていた。
The man was wearing a hunting coat of Shinobuzuri.50 - 7
春日野の/若むらさきの/すりごろも/しのぶの乱れ/かぎりしられず
春日野の若い紫の摺り衣、信夫の乱れ、限り、知れません
Like young purple grasses in Kasugano, the dyed clothes, Shinobuzuri, unlimitedly make me disturbed.100 - 8
となむ追ひつきて言ひやりける。
と、追いついて言ってさしあげました。
that she caught up with him and said.37 - 9
ついでおもしろきことともや思ひけむ。
ついで、おもしろいこととも思っていた。
She thought it was interesting as well.39 - 10
陸奥の/しのぶもぢ摺り/誰ゆゑに/乱れそめにし/我ならなくに
陸奥のしのぶもじ摺り、誰のせいで、乱れだしたのでしょうか、この私ではなくて、...
Who made the Shinobuzuri of Michinoku started to disturb? Who did it except I?78 - 11
といふ歌の心ばへなり。
というのが、歌の本心である。
that is what she wanted to tell in the poem.44 - 12
昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。
昔の人々は、こういう即興的な趣きあることをしていた。
People in the past used to do this kind of improvinational quaint.66
- 2段【西の京】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
奈良の京は離れ、この京は人の家まだ定まらざりける時に、西の京に女ありけり。
奈良の京は離れ、この京は人の家がまだ定まらなかった時に、西の京に女がいました。
When the capital of Nara was separated and the capital was not yet settled, there was a girl in the western capital.116 - 3
その女、世人にはまされりけり。
その女は、世間の人よりも、すぐれていました。
That girl was superior to ordinary people.42 - 4
その人、かたちよりは心なむまさりたりける。
その人は、外見よりは心がすばらしかった。
The girl was more beautiful in her heart that in her appearance.64 - 5
ひとりのみもあらざりけらし。
独身でもなかったようだ。
She seemed not to be single.28 - 6
それをかのまめ男、うち物語らひて、帰り来て、いかゞ思ひけむ、時はやよひのついたち、雨そほふるにやりける。
その女にかの誠実な男が、物語を語り合って、家に帰ってきて、何を思ったのだろうか、3月の1日、雨がしとしと降る日に、歌を詠んで贈った。
A honest man told her a story, and when he came back home, he thought about her. On the first day of March, a rainy day, he wrote a poem to her.144 - 7
おきもせず/寝もせで夜を/明かしては/春のものとて/眺めくらしつ
起きもせず、寝もせず夜を明かしては、春のものとて眺め暮していました。
Every night I neither awoke nor slept, but only contemplated and gazed upon the things of spring.97
- 3段【ひじき藻】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
懸相じける女のもとに、ひじき藻といふものをやるとて、
思いを懸けている女のもとに、ひじき藻というものをやるとして、
He gave the hijiki seaweed to a woman he loved.47 - 3
思ひあらば/むぐらの宿に/ねもしなむ/ひじきものには/袖をしつゝも
思いがあるなら、葎の宿に寝ましょう、引き敷くものを袖にして。
If you think of me, we may sleep on your sleeve cloths in the hut of the creeper grass.87 - 4
二条の后の、まだ帝にも仕うまつりたまはで、ただ人にておはしましける時のことなり。
二条の后がまだ帝にも仕えておらず、普通の人でいらした時のことでした。
This is the time when the Empress of Nijo was not yet serving the Emperor and was just a person.96
- 4段【西の対】
- 1
むかし、ひんがしの五条に、大后の宮おはしましける、西の対に住む人ありけり。
昔、東の五条に、大后の宮がおられた西の対に住む人がいました。
Once upon a time, there was a woman living in the Western Pair, where the Empress of the East Fifth Avenue resided.115 - 2
それをほいにはあらで、こころざし深かりける人、ゆきとぶらひけるを、正月の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。
その人を本心からではなかったが、心深く思い慕っていた男が、通ってきていて、正月の十日のころに、ほかのところに隠れていた。
Although she did not love him from the bottom of her heart, he was deeply in love with her and often visiting and seeing her. Therefore she was hiding somewhere around the tenth day of the New Year.198 - 3
ありどころは聞けど、人のいき通ふべき所にもあらざりければ、なほうしと思ひつゝなむありける。
ありかどころは聞いていたが、人が通るべきところにもいなかったので、なお悲しいと思いながら過ごしていました。
Although he had heard where she was, she did not live where people would pass by, so he was still sad.102 - 4
またの年の睦月に梅の花ざかりに、去年を恋ひていきて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。
またの年の睦月に梅の花が満開になり、去年を恋しみながら、立って見て、座って見て、見てみたが、去年に似ることもなかった。
In the following year, in February, when the plum blossoms were in full bloom, he stood and watched, sat and watched, but there was nothing that resembled the previous year.173 - 5
うち泣て、あばらなる板敷に、月のかたぶくまでふせてりて、去年を思ひいでてよめる。
ひどく泣いて、薄ら寂しい板敷の間に、月が傾くまで伏せて、去年を思い出して詠んだ。
He cried bitterly, and lay face down between pale wooden floor, until the moon was set, and remembered last year and sang a poem.129 - 6
月やあらぬ/春や昔の/春ならぬ/わが身は一つ/もとの身にして
月は昔の月ではないのか、春は昔の春ではないのか、わが身は一つもとのままの身なのに
Is the moon not the moon of the past? Is the spring not the spring of the past? Although my body is the same as before,119 - 7
とよみて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣くかへりにけり。
と詠んで、夜がほのぼの明けるころに、泣きながら帰っていった。
After singing, he returned home crying as the night dawned.59
- 5段【関守】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
ひんがしの五条わたりにいと忍びていきけり。
東の五条渡りに、密かに人目を避けて通っていました。
Avoiding people's eyes, he secretly visit someone in the East Fifth Avenue.75 - 3
みそかなる所なれば、門よりもえ入らで、わらべのふみあけたる築泥のくづれより、通ひけり。
秘密の場所であるため、門から入れなくて、子供が踏み分けた土塀の泥の崩れたところから通いました。
Because it was a secret place, he could not enter from the gate, so he passed through the broken mud wall where children had trampled.134 - 4
人しげくもあらねど、たび重なりければ、あるじ聞きつけて、その通ひ路に、夜毎に人をすゑて、まもらせければ、いけどもえ逢はでかへりけり。
人通りも頻繁ではないけれども、何度も重なってのことなので、主人が聞きつけて、その通り道に、毎夜に人を置いて、見張らせたので、行っても会えずに帰っていました。
Although there were not many people passing by, it happened repeatedly, so the master heard about it and had someone guard the path every night. Therefore, he could not meet her and went back.192 - 5
さてよめる。
そうして、詠んだものとは。
Then, the poem he sang is..27 - 6
人知れぬ/わが通ひ路の/関守は/宵々ごとに/うちも寝ななむ
人目を避けて通る私の通り道の関守は、宵夜毎に寝ないのでしょうか。
The gatekeeper of my secret path where I avoid people's eyes, does not sleep every night?89 - 7
とよめりければ、いといたう心やみけり。
と詠んだので、その歌を聞いた彼女の心はひどく病んでしまいました。
After singing, her heart was deeply hurt.41 - 8
あるじゆえしてけり。
主人は、状況を考慮し、許した。
The master considered the situation and allow him.50 - 9
二条の后に忍びてまゐりけるを、世の聞えありければ、せうとたちのまもらせ給ひけるとぞ。
二条の后に忍びてまいりましたが、世間には知られていたので、主人が見張りをしてくれたのです。
He sneaked into the Empress of Nijo, but it was known to the world, so her brothers guarded her.96
- 6段【芥河】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
女の得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きにきけり。
手に入らない女を、何年にも渡って、夜這いをし続けて、漸く盗み連れ出して、たいそう暗いところ逃げて来ました。
For many years, he continued to sneak around at night to find a woman who no one couldn't get, until he finally stole her away and ran away to a very dark place.161 - 3
芥河といふ河を率ていきければ、草のうへにおきたりける露を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
芥河という川にその女を連れて行くと、草の上に置かれた露を見て、その女は「これは何でしょうか」と、男に尋ねました。
Taking the woman to the Akutagawa River, she saw the dew on the grass and asked the man what it was.100 - 4
ゆくさきおほく、夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥におし入れて、男、弓、やなぐひを負ひて、戸口にをり。
進む先は分からず、夜も更けていたので、鬼がいるとも知らず、雷が鳴り響く中、雨も激しく降っていたので、男は、女を蔵の奥に隠し入れ、弓と槍を持って、戸口に立っていました。
Not knowing where to go, and it was getting late at night, so he did not know that there was a demon, and the thunder was so loud that it was raining, and he was standing at the door with a bow and a spear, hiding the woman in the back of the warehouse.253 - 5
はや夜も明けなむと思ひつゝゐたりけるに、鬼一口に食ひてけり。
早く夜も明けないものだろうか、と思っていたところに、鬼が女を一口で食べてしまいました。
He was wishing the night over soon, and then the demon ate the woman in one bite.81 - 6
「あなや」といひけれど、神鳴る騒ぎにえ聞かざりけり。
「ああ」と言いましたが、雷の騒ぎで聞こえなかった。
She said, 'Oh,' but he could not hear it because of the noise of the thunder.77 - 7
やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。
やがて夜が明けてくると、見ると、連れて来た女もいない。
As the night gradually dawned, he found that the woman he had brought was gone.79 - 8
足ずりをして泣けどもかひなし。
じだんだを踏んで泣いても仕方がない。
There was no use crying and stamping his feet.46 - 9
白玉か/なにぞと人の/問ひし時/露とこたへて/消えなましものを
白玉か、何かと人が尋ねた時、露と答え、私も消えてしまっていたらよかっただろうに。
When someone asked, 'Is it a white ball?' and I should have answered 'It's dew,' and I wish that I also have disappeared.'122 - 10
これは、二条の后の、いとこの女御の御もとに、仕うまつるやうにてゐ給へりけるを、かたちのいとめでたくおはしければ、盗みて負ひて出でたりけるを、御せうと堀河の大臣、太郎国経の大納言、まだ下臈にて内裏へまゐり給ふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、とゞめてとり返し給うてけり。
これは、二条の后のいとこの女御のもとに仕えていたので、美しい女性であったため、盗んで連れ出してしまったので、御所の大臣である堀川の大臣、太郎国経の大納言が、まだ下級の身分で内裏に出入りしていた時に、泣いている人がいるのを聞いて、取り返しに行きました。
This is because he had been serving the Empress of Nijo's cousin, and he had stolen and taken her away because she was so beautiful. When the minister of Horikawa, the grand minister of Taro Kunitsune, who was still of a lower rank, heard that someone was crying, he went to get her back.288 - 11
それをかく鬼とはいふなりけり。
その事件をこのように鬼の仕業だと言ったのでした。
This is how the incident was described as the work of a demon.62 - 12
まだいと若うて后のたゞにおはしける時とや。
まだ二条の后は若くて、普通の身分でいらしたときのことでしたということです。
This was when the Empress of Nijo was still young and was just a person.72
- 7段【かへる浪】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
京にありわびて東にいきけるに、伊勢・尾張のあはひの海づらを行くに、浪のいと白くたつを見て、
京に居辛くなって、東国に行ったが、伊勢と尾張の国境の海岸を行く時に、波がとても白く立つのを見て、
He was tired of living in Kyoto and went to the east, and when he went to the coast of the border between Ise and Owari, he saw the waves standing very white,158 - 3
いとゞしく/過ぎ行く方の/恋しきに/うらやましくも/かへる浪かな
このようにして過ぎ去って行くと、京の都の方が恋しくなるのに、うらやましいことに、立ち帰る白波よ
As it passes by like this, I miss the capital city, and it is enviable, the white waves that return.100 - 4
となむよみける。
と詠んだ。
He sang.8
- 8段【浅間の嶽】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
京や住み憂かりけむ、あづまのかたにゆきて住み所もとむとて、ともとする人、ひとりふたりしてゆきけり。
京に住みづらかったので、東の方に行って住む所を求めて、友人、一人か二人で行った。
It was difficult to live in Kyoto, so he went east with one or two friends to find a place to live.99 - 3
信濃の国、浅間の嶽に、けぶりの立つを見て、
信濃の国、浅間の嶽に、煙が立つのを見て、
In Shinano Province, looking at the smoke rising from the Asama Mountain,73 - 4
信濃なる/浅間の嶽に/たつ煙/をちこち人の/見やはとがめぬ
信濃なる浅間の嶽にたつ煙を遠近の人は見て怪しまないだろうか。
The smoke rising from the Asama Mountain in Shinano Province, will people from afar and near not wonder?104
- 9段【八橋】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
その男、身をえうなきものに思ひなして、「京にはあらじ。あづまの方に住むべき国もとめに」とて往きけり。
その男、自分を世の中には無用の人間であると思い込んで、「京には住まない。東の方に住むべき国を求めに」といって出かけた。
The man, thinking himself to be a useless person in the world, set out saying, 'I will not live in Kyoto. I will go to the east to find a country to live in.'158 - 3
もとより友とする人、ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくてまどひいきけり。
昔からの友人一人二人と連れて行った。道を知る人もなくてさまよいつつ行きました。
He set out with one or two friends he had known for a long time. They went without knowing anyone who knew the way.115 - 4
三河の国八橋といふ所にいたりぬ。
三河の国の八橋という所に着いた。
They arrived at a place called Yatsuhashi in Mikawa Province.61 - 5
そこを八橋といひけるは、水ゆく河のくもでなれば、橋を八つわたせるによりてなむ八橋といひける。
そこを八橋というのは、水が流れていく川が蜘蛛の手のように八方に分かれていて、橋を八つ渡してあることから八橋といったのである。
They arrived at a place called Yatsuhashi in Mikawa Province. It was called Yatsuhashi because the river that flowed like a spider's hand divided into eight directions and had eight bridges.190 - 6
その沢のほとりの木のかげにおり居て、餉くひけり。その沢に、燕子花いとおもしろく咲たり。
その沢のほとりの木陰に座って、乾飯を食べた。その沢に、かきつばたがとてもきれいに咲いていた。
He sat under the shade of a tree by the stream and ate his meal. The kaki-tsubata flowers were blooming beautifully by the stream.130 - 7
それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句のかみにすゑて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。
それを見て、ある人が言うには、「かきつばたという五文字を句のかみに据えて、旅の心を詠め」と言うので、詠みました。
Seeing that, someone said, 'Put the five letters called kaki-tsubata at the beginning of the verse and sing the heart of the journey,' so he sang it.149 - 8
唐衣/きつゝ馴にし/つましあれば/はるばる来ぬる/旅をしぞ思ふ
唐衣を着ていると馴れる、褄があるので、はるばる来た旅をしたと思います。
I think I have traveled a long way because I am used to wearing a Chinese robe with sleeves.92 - 9
とよめりければ、みな人、かれいひの上に涙おとしてほとびにけり。
と詠んだので、みなの人は、乾飯の上にポロポロと涙が落として、乾飯はふやけてしまいました。
After singing, everyone shed tears on the dry rice, and the dry rice became soggy.82 - 10
行き行きて駿河の国にいたりぬ。
さらに行きに行って、駿河の国に着いた。
They went further and arrived in Suruga Province.49 - 11
宇津の山にいたりて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、蔦かへでは茂り、もの心ぼそく、すゞろなるめを見ることと思ふに、修行者あひたり。
宇津の山に着いて、自分の分け入ろうとする道はひどく暗くまた細い上に、蔦や楓が生い茂り、なんとも心細く、またとんでもない目に遭うことだろうと思っていると、修行者とばったり出くわした。
Arriving at the Utsu Mountain, the path he was about to enter was very dark and narrow, with ivy and maple growing thickly, making him feel uneasy and thinking that he would see a strange eye, he met a monk.207 - 12
「かゝる道はいかでかいまする」といふを見れば見し人なりけり。
「この道はどうですか」と言う人を見ると、見たことのある人でした。
When he saw a person who said, 'How is this road?' it was someone he had seen before.85 - 13
京に、その人の御もとにとて、ふみかきてつく。
京にいらっしゃるその方へといって、手紙を書いてことづけた。
He asked him to bring a letter to the person living in Kyoto.61 - 14
駿河なる/うつの山辺の/うつつにも/夢にも人に/あはぬなりけり。
駿河にある宇津の山辺のほとりに来てみると、現にも夢にも人に逢いませんでした。
When I came to the Utsu Mountain in Suruga, I did not meet anyone in reality or in my dreams.93 - 15
富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いとしろう降れり。
富士の山を見ると、五月も末だというのに、雪がとても白く降り積もっている。
When looking at Mt. Fuji, although it was the end of May, the snow was falling very white.90 - 16
時しらぬ/山は富士の嶺/いつとてか/鹿の子まだらに/雪の降るらむ
時節というものを知らない山は、この富士の嶺なのだ。一体今がいつだと思って、鹿の子の背のまだら模様のように、雪が降っているでしょうか。
The mountain that does not know the seasons is this Fuji peak. The mountain wonders what time it is now, and the snow falls in mottled patterns like the spots on the back of a fawn.181 - 17
その山は、こゝにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。
その山は、この京に例えれば、比叡山を二十個ほど積み重ね上げた程の高さで、恰好は塩尻のようでした。
If we compare this mountain to Kyoto, it is as high as twenty Hiei mountains stacked up, and it looks like Shiojiri.116 - 18
なほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いとおほきなる河あり。
さらにどんどん行くと、武蔵の国と下総の国との間に、かなり大きな川がある。
Going further and further, there is a very large river between Musashi Province and Shimousa Province.102 - 19
それをすみだ河といふ。
それを隅田川という。
It is called the Sumida River.30 - 20
その河のほとりにむれゐて、京に思ひをはせれば、かぎりなく遠くも来にけるかなとわびあへるに、
その川のほとりに群れをなして、京に思いをはせれば、限りなく遠くに来てしまったのだなあと悲しみを分かちあっていると、
Gathering by the river, thinking of Kyoto, they shared their sadness at having come so far.91 - 21
渡守、「はや舟に乗れ、日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らむとするに、
渡し守が、「早く舟に乗れ。日も暮れてしまう」と言うので、乗って渡ろうとするのだが、
The ferryman said, 'Get on the boat quickly, the sun is setting,' and when they tried to cross, but..101 - 22
みな人、ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
人々は皆悲しい思いになって、京に思っている人がいないわけでもありません。
Everyone is feeling sad, and there are indeed people in Kyoto who they are thinking of.87 - 23
さる折りしも、白き鳥の嘴と脚とあかき、鴫のおほきさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。
丁度そんな時に、白い鳥でクチバシと脚とが赤く、鴫ぐらいの大きさの鳥が、水の上で遊びながら魚を捕らえて食べている。
Just at that moment, a white bird with a red beak and legs, about the size of a snipe, is playing on the water, catching and eating fish.137 - 24
京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。
京には見られない鳥なので、誰も知りませんでした。
Since it was a bird that could not be seen in Kyoto, no one knew it.68 - 25
渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」といふを聞きて、
渡し守に尋ねたら、「これは都鳥です」と言うのを聞いて、
When asked the ferryman, heaing that he said 'This is a city bird'66 - 26
名にしおはゞ/いざこと問はむ/都鳥/わが思ふ人は/ありやなしやと
その名に示すように、さてちょっとお尋ねしよう、都鳥、私の思っている人は都で生きているのかいないのか。
As your name suggests, let me ask you, city bird, is the person I am thinking of living in the city or not?107 - 27
とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
と詠んだものだから、舟の一行は皆いっせいに泣いたのでした。
Since he sang so, everyone shed tears on the boat.50
- 10段【たのむの雁】
- 1
むかし、男、武蔵の国までまどひありきけり。
昔、男が武蔵の国までさ迷い歩いて行った。
Once upon a time, a man wandered to Musashi Province.53 - 2
さてその国にある女をよばひけり。
そうして、その国に住む一人の女に求婚した。
So he proposed marriage to a woman living in that country.58 - 3
父はこと人にあはせむといひけるを、母なむあてなる人に心つけたりける。
女の父親は違う男と結婚させようとしていたが、母親は高貴な家柄の人を娘の相手に考えていた。
The father of the woman was trying to marry her to another man, but the mother was considering a nobleman as her daughter's partner.132 - 4
父はなほびとにて、母なむ藤原なりける。
父親は並の身分の人で、母親は藤原の家柄であった。
The father was a commoner, and the mother was of the Fujiwara family.69 - 5
さてなむあてなる人にと思ひける。
そこで、高貴な人にと思った。
So she thought of a nobleman.29 - 6
このむこがねによみておこせたりける。
この婿と決めた男に歌を詠んでよこしたのだった。
She sent a poem to the man she had decided to son-in-law for her daughter.74 - 7
住む所なむ入間の郡み吉野の里なりける。
住んでいた所は入間の郡三吉野の里であった。
The place where he lived was in the village of Miyoshino in Iruma County.73 - 8
みよし野の/たのむの雁も/ひたぶるに/君が方にぞ/寄ると鳴くなる
三吉野の田の面の雁も、ただひたすらに、あなたに心を寄せているよと鳴いているのです。
The wild geese that have landed on the fields of Miyoshino are calling out to you, saying that they are just devoted to you.124 - 9
むこがね、返し、
婿に決まった男は、歌を返した。
The man who was decided to be the son-in-law sang back.55 - 10
わが方に/寄ると鳴くなる/みよし野の/たのむの雁を/いつか忘れむ
私の方に心を寄せているよと、鳴く三吉野の田の面の雁を、いつ私が忘れることがあるでしょうか。
The wild geese that have landed on the fields of Miyoshino are calling out to me, saying that they are just devoted to me. When will I ever forget them?152 - 11
となむ。
と詠んだ。
He sang.8 - 12
人の国にても、なほかゝることなむやまざりける。
他の人が統治する国でも、まだこういうことが止むことはなかったのだった。
Even in a country ruled by others, such things had not yet ceased.66
- 11段【空ゆく月】
- 1
むかし、男、あづまへゆきけるに、友だちどもに、道よりいひおこせける。
昔、男が東に行くとき、友達たちに、道から言い送っていた。
Once upon a time, when a man went east, he sent word to his friends on his way.79 - 2
忘るなよ/ほどは雲居に/なりぬるとも/空ゆく月の/めぐりあふまで
忘れないでよ、雲居ほどになってしまっても、空ゆく月がめぐりあうまで。
Don't forget, even if it is too far like a cloud in the sky, until the moon in the sky will meet us again.106
- 12段【盗人】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、ある所に、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
人のむすめを盗みて、武蔵野へ率てゆく程に、盗人なりければ、国の守にからめられにけり。
人の娘を盗んで、武蔵野へ連れて行く途中に、盗人であるから、国の守に捕まってしまった。
He stole a girl and was caught by the country's guard on his way to Musashino because he was a thief.101 - 3
女をば草むらのなかにおきて逃げにけり。
男は女を草むらの中に置いて逃げてしまった。
He left the girl in the grass and ran away.43 - 4
道くる人、「この野はぬすびとあなり」とて火つけむとす。
道をやってきた人は「この野原には盗人がいるようだ」と言って火をつけようとした。
A passerby said, 'This field seems to have thieves,' and tried to set fire to it.81 - 5
女わびて、
女は嘆願して、
The woman embarrassedly pleaded.32 - 6
武蔵野は/今日はな焼きそ/若草の/つまもこもれり/われもこもれり
武蔵野は今日は焼かないでください。若草の中には、夫も隠れています、私も隠れています。
Do not burn Musashino today. Cause my husband is hiding in the young grass, and I am hiding too.96 - 7
とよみけるを聞きて、女をばとりて、ともに率てけり。
と詠むのを聞いて、追手は女を捕まえて、男と共に連れていった。
Hearing the poem, the pursuers caught the woman and took her husband with her.78
- 13段【武蔵鐙】
- 1
むかし、武蔵なる男、京なる女のもとに、「聞ゆれば、恥し、聞ねば苦し」と書きて、上書に「武蔵鐙 」と書きて、おこせてのち、おともせずなりにければ、京より女、
昔、武蔵に住む男が京にいる女のもとに、「言えば恥しく、言わなければ苦しい」と書いて、上書きに「武蔵鐙」と書いて、送ったのち、何も伝えないでいたので、京より女が、
Once upon a time, a man in Musashi sent a letter to a woman in Kyoto, writing, 'It is embarrassing to say, but painful not to say,' and wrote 'Musashi Stirrup' on the envelope. After sending it, there was no news from the woman for a while, but one day, the woman wrote from Kyoto.., 284 - 2
武蔵鐙/さすがにかけて/頼むには/問はぬもつらし/問ふもうるさし
刺鉄に武蔵鐙をかけて頼むには、問わないのもつらいし、問うのもうるさい。
Although I have given up, I am still relying on you, so it is sad not to ask, and it is annoying to ask.104 - 3
とあるを見てなむ、たへがたき心地しける。
と詠んだのを見て、辛い気持ちになってしまった。
Seeing the poem she sent, the man felt miserable.49 - 4
問へば言ふ/問はねば恨む/武蔵鐙/かゝる折にや/人は死ぬらむ
問うと言う、問わないと恨む、こういうときに人は死ぬのでしょうか。
If I ask, you will say, and if I don't ask, you will be resented. At such times, will people die in confusion?110
- 14段【陸奥の国】
- 1
むかし、男、陸奥の国にすゞろに行きいたりけり。
昔、男が陸奥にあてもなく辿り着いた。
Once upon a time, a man wandered to Michinoku Province.55 - 2
そこなる女、京のひとはめづらかにおぼへけむ、せちに思へる心なむありける。
そこに住む女が京の人を珍しいと思ったのであろう、たいそう思慕の心をいだいたのだった。
A woman living there must have thought of people from Kyoto as rare, and she had a great longing for them.106 - 3
さてかの女、
そこで、その女は、
Then, the woman,16 - 4
なかなかに/恋に死なずは/桑子にぞ/なるべかりける/玉の緒ばかり
生半可に恋に死なずして、蚕になったらよかった、たとえ玉の緒の短い間であっても。
I wish I had become a silkworm without dying of love, even for a short time like the thread of a cocoon.104 - 5
歌さへぞ、ひなびたりける。
歌までも、田舎くさいものだった
Even the song was old-fashioned.32 - 6
さすがにあはれとや思ひけむ、いきてねにけり。
そうは言っても、やはり感動したのだろう、女のもとへ行って、一夜寝た。
Nevertheless, he must have been moved and went to the woman and spent the night.80 - 7
夜ふかくいでにければ、女、
夜が深いうちに男が起きて女の家を出てしまったので、女は、
As the night grew late, the man woke up and leave, the woman,61 - 8
夜も明けば/きつにはめなで/くたかけの/まだきに鳴きて/せなをやりつる
夜が明けたら、水槽にはめてしまおう、くたかけの鶏、まだ夜も明けぬうちに鳴いて、私の人を送り出してしまった。
When the night breaks, I will put that rotten chicken in the water tank. It is still crying before dawn, and it has sent my husband away.137 - 9
といへるに、男、京へなむまかるとて、
と言ったので、男は絶対、京へ帰るといって、
When she said that, the man was amazed and decided to return to Kyoto.70 - 10
栗原の/あねはの松の/人ならば/みやこのつとに/いざといはましを
栗原のあねはの松が人であったら、京の土産に、いざと言おうものを。
If the pine tree of Aneha in Kuribara was a person, it would take me as a souvenir to Kyoto.92 - 11
といへりければ、よろこぼひて、「おもひけらし」とぞいひ居りける。
と言ったので、喜んで、「私を思っていたらしい」と、言って居た。
When he said that, she misunderstood the meaning and said, 'He seems to have thought of me.'92
- 15段【しのぶ山】
- 1
むかし、陸奥の国にて、なでふ事なき人のめに通ひけるに、あやしうさやうにてあるべき女ともあらず見えければ、
昔、陸奥の国で、とりたてて目立つことのない人の妻のところに行き来していましたが、不思議と、そんなふうに暮してよい女でもないように見えたので、
Once upon a time, in the province of Michinoku, a man visited the wife of an ordinary man, and she seemed strange, not like a woman who should be living like that, so he sent a poem.182 - 2
しのぶ山/しのびて通ふ/道もがな/人の心の/奥も見るべく
しのぶ山、忍んで通う道があればよいなぁ、人の心の奥も見たいので。
I wish there were a hidden path to Shinobu Mountain. I want to see the depths of your heart.92 - 3
女、かぎりなくめでたしと思へど、さるさがなきえびす心を見ては、いかがはせんは。
女は、限りなくすばらしいと思ったが、そんな性格の良くなく、情趣のわからない心を見ても、どうしたらよいことか。
A man thought that the woman was very wonderful, but when he saw the heart of a countryman who was so rude and unrefined, he must have been at a loss.150
- 16段【紀有常】
- 1
むかし、紀有常といふ人ありけり。
昔、紀有常という人がいました。
Once upon a time, a man called Kino Aritsune.45 - 2
三代の帝に仕うまつりて時にあひけれど、のちは世かはり時うつりにければ、世の常の人のごともあらず。
三代の天皇に仕えていましたが、その後、世の中が変わってしまったので、世の中の常の人とは違っていました。
He served three emperors, but after that, the world changed, and he was different from ordinary people.103 - 3
人がらは心うつくしく、あてはかなることを好みて、こと人にもにず。
人柄は、心がうつくしく、優雅なことを好んで、他の人とは似ていません。
He had a beautiful personality and liked elegant things, unlike other people.77 - 4
貧しくへても、なほ昔よかりし時の心ながら、世の常のこともしらず。
貧しく暮らしても、昔のように豊かだった時の心のままで、世の中の常識も知りませんでした。
Even though he was poor, he lived with the same heart as when he was rich, and he did not know the common way of life in the world.131 - 5
としごろあひ馴れたる妻、やうやう床はなれて、つひに尼になりて、姉のさきだちてなりたる所へゆくを、
長年互いに暮し馴れた妻が、だんだん夫婦らしいこともしなくなり、ついに尼になって、姉が先に尼になっている所へ行くのを、
His wife, who had been close for many years, gradually became distant, finally became a nun, and went to where her sister had become a nun.139 - 6
男、まことにむつましきことこそなかりけれ、いまはとゆくをいとあはれと思ひけれど、貧しければするわざもなかりけり。
男は、ほんとうに心から仲よくしたことはありませんでしたが、今は出ていくのを、たいそうしみじみと思いましたが、
Although the man had never really been close to his wife, he felt deeply affectionate when she left, saying goodbye.116 - 7
貧しければするわざもなかりけり。
貧しかったので何事もしてやれなかった。
However, he was poor and could not do anything.47 - 8
思ひわびて、ねむごろにあひ語らひける友だちのもとに、「かうかういまはとてまかるを、なにごともいささなることもえせで、つかはすこと」と書きて、奥に、
思いなやんで、懇ろに心を通わせていた友達のところに、「こうこうの次第で、もはや別れということで、何事もわずかなこともしてやれずに、送り出すことです」と書いて、奥に、
After much thought, he wrote to an old friend with whom he had been talking with, 'My wife will leave, but I cannot do anything for her, so I will just send her off.'166 - 9
手を折りて/あひ見しことを/かぞふれば/十といひつつ/四つはへにけり
指を折って共に暮した年月を数えてみると、四十年にもなっていたのでした。
Counting the years we spent together by folding my fingers, it had been forty years.84 - 10
かの友だちこれを見て、いとあはれと思ひて、夜の物までおくりてよめる。
その友達は、これを見て、ひどくしみじみと思って、夜具まで贈って、歌を詠んだ。
Seeing this, the friend was deeply moved and sent bedding and composed a poem.78 - 11
年だにも/十とて四つは/経にけるを/いくたび君を/頼み来ぬらむ
年月でさえも、四十年はお過ごしになったのに、どれほどあなたを頼みに思ってきたことでしょう。
Even after forty years, how much have you been relied on by your wife?70 - 12
これやこの/天の羽衣む/べしこそ/きみがおぎぬ/とまつりけれ
これはなんと、天から降り下った天の羽衣でございます。なるほど、あなたのお召し物としてお着けになったものなのですからね。
This is the heavenly robe that has fallen from heaven. It is something that you have worn as your clothing.107 - 13
かくいひやりたりければ、
こう詠んでやったところ、
Having composed this,21 - 14
これやこの/あまの羽衣/むべしこそ/君がみけしとたてつまりけれ
これはなんと、天から降り下った天の羽衣でございます。あなたのお召し物としてお着けになったものなのですからね。
This is the heavenly robe that has fallen from heaven. It is something that you have worn as your clothing.107 - 15
よろこびに堪へで、又、
喜びのあまり、また、
Overwhelmed with joy, again,28 - 16
秋や来る/露やまがふと/思ふまで/あるは涙の/降るにぞありける
秋がきたのだろうか、こんなに露か、と見まちがえるほどに、あるのは、涙が降ることでした。
I wonder if autumn has come, and that's why there is so much dew. The sleeves are wet as if I mistook it for dew, but it is my tears of joy.140
- 17段【年にまれなる人】
- 1
年ごろおとづれざりける人の、桜の盛りに見に来たりければ、あるじ、
長年、訪れてこなかった人が、桜の花の盛りに花を見にきたので、家の主人、
A person who had not visited for a long time came to see the cherry blossoms in full bloom, and the master of the house...122 - 2
あだなりと/名にこそたてれ/桜花/年にまれなる/人も待けり
移り気でと評判の桜花ですが、年にまれに訪れる人も、待っていましたよ。
The cherry blossoms are said to be fickle, but it has been waiting for a person who rarely visits in a year.108 - 3
返し、
返しの歌、
In response,12 - 4
今日来ずは/明日は雪とぞ/降りなまし/消えずはありとも/花と見ましや
今日来なかったら、明日は雪と降り散ってしまったことでしょう。消えなくても、それを花と見るでしょうか。
If I didn't come today, the cherry blossoms would have fallen like snow tomorrow. Even if the petals do not disappear, who will see them as cherry blossoms?156
- 18段【白菊】
- 1
むかし、なま心あるありけり。
昔、未熟な心の女がいた。
Once upon a time, there was a unconsiderable woman.51 - 2
男ちかうありけり。
男が近くに住んでいた。
A man lived nearby.19 - 3
女、歌よむ人なりければ、心みむとて、菊の花のうつろへる折りて、男のもとへやる。
女は、歌を詠む人だったので、歌を詠もうと、菊の花のおとろえかかったものを折って、男のところへ贈りました。
The woman was a poet, so she tried to compose a poem, picked a chrysanthemum that was fading, and sent it to the man.117 - 4
紅に/にほふはいづら/白雪の/枝もとををに/降るかとも見ゆ
紅の美しい色はどこに、白雪が枝たわわに降っているように見える。
Where is the beautiful red color? It looks as if white snow is piled up on the branches.88 - 5
男、知らずよみにける。
男は知らぬふりして、返しの歌を詠んだ。
The man pretended not to know and composed a response poem.59 - 6
紅に/にほふがうへの/白菊は/折りける人の/袖かとも見ゆ
紅美しい上の白菊は、折り取ったあなたの袖かと思われます。
The white chrysanthemum that covers the beautiful red color looks like the color of your sleeve that you picked.112
- 19段【天雲のよそ】
- 1
むかし、男、宮仕へしける女の方に、御達なりける人をあひ知りたりける。
昔、男が宮仕えをしていた女の方のなかに、高貴な人がいて、その人と知り合いになりました。
Once upon a time, a man met a noble woman who served the emperor.65 - 2
ほどもなくかれにけり。
まもなくその女と別れてしまいました。
He soon parted with the woman.30 - 3
おなじ所なれば、女の目には見ゆるものから、男はあるものかと思ひたらず。
同じ場所にいるのに、女の目には見えるのに、男は、いることに気づかなかった。
Although they were in the same place and the woman saw the man, he did not notice her.86 - 4
女、
女は、
The woman,10 - 5
天雲の/よそにも人の/なりゆくか/さすがに目には/見ゆるものから
空の雲の向こうにも、人は行くのでしょうか。依然、目に見えるのに。
Will you go beyond the heavenly clouds? Still, I can see you.61 - 6
とよめりければ、男、返し、
と詠んだので、男は、返しの歌を、
Having sung the song, the man composed a response poem.55 - 7
天雲の/よそにのみして/経ることは/わが居る山の/風はやみなり
空の雲の向こうにだけ過ごしているのは、私の居る山の風が早いからなのです。
I am only beyond the heavenly clouds is because the wind on the mountain where I am is very fast.97 - 8
とよめりけるは、また男ある人となむいひける。
と詠んだのは、ほかの男がいる人だからだと、人々が言ったからなのです。
The reason he composed the song was because there was another man with her.75
- 20段【楓のもみぢ】
- 1
むかし、男、大和にある女を見てよばひてあひにけり。
昔、男が大和にいる女を見て求愛して逢っていました。
Once upon a time, a man saw a woman living in Yamato and courted her and met with her.86 - 2
さてほど経て、宮仕へする人なりければ、かへりくる道に、三月ばかりに、かへでもみぢの、いとおもしろきを折りて、女のもとに道よりいひやる。
その後、しばらくして、宮仕えをする人であったので、帰ってくる途中、三月ごろ、楓の紅葉がたいそう美しいのを折って、女のところに、道から詠んで贈る。
After a while, the man was serving the court, and on his way back home, he picked the beautiful maple leaves in March and sang a song to the woman.147 - 3
君がため/手折れる枝は/春ながら/かくこそ秋の/紅葉しにけれ
あなたのために手折った楓の枝は、春ですが、こんなに秋のような紅葉になってしまいました。
The maple branch I picked for you is even in spring, but it has turned into such an autumn color.97 - 4
とてやりたりければ返り事は、京にきつきてなむもてきたりける。
と贈ったところ、返事は、京に着いてから、持ってきたのでした。
Having sung this, the reply was brought to him after he arrived in Kyoto.73 - 5
いつの間に/移ろふ色の/つきぬらむ/君が里には/春なかるらし
いつの間に、移ろう色が付いてしまったのでしょうか。あなたの住むところには、春がないのでしょうか。
When did the changing colors stick to it? It seems that there is no spring in the place where you live.103
- 21段【おのが世々】
- 1
むかし、男をんな、いとかしこく思ひかはしてこと心なかりけり。
昔、男と女は、とても深く思い合っていて、他の人を思う心はありませんでした。
Once upon a time, a man and a woman loved each other deeply and did not think of others.88 - 2
さるを、いかなる事かありけむ、いさゝかなることにつけて、世の中をうしと思ひて、出でていなむと思ひて、かかる歌をなむよみて、ものに書きつけける。
それなのに、どんなことがあったのだろう、ちょっとしたことにつけて、夫婦の仲を憂く思い、出て行こうと思って、このような歌を詠んで、物に書きつけました。
However, what happened, she wrote this poem on something, thinking of leaving her husband over a trivial matter.112 - 3
いでていなば/心かるしと/言ひやせむ/世のありさまを/人は知らねば
ここを出て行ったら、心が軽いと言われるでしょうか。世の中のありさまを人は知らないから。
If I leave here, will people say that I am a shallow since they do not know the state of our relationship?106 - 4
とよみおきて、出でていにけり。
と詠んで、出て行ってしまいました。
Having sung this, she left.27 - 5
この女かく書きおきたるを、けしう、心おくべきことを覚えぬを、
この女が、こう書き残したので、何だかわからず、心を隔てるようなことも思わなかったのに、
Seeing what this woman wrote, the man did not understand, even though he did not think of estranging his heart.111 - 6
なにによりてかかゝらむと、いといたう泣きて、
どうしてこうなったのだろうと、たいそう泣いて、
He cried bitterly, wondering why this happened.47 - 7
いづ方に求めゆかむと、門にいでて、とみかうみ、見けれど、
どこに求めて行こうかと、門に出て、見渡しましたが、
He went to the gate to look around, wondering where to go.58 - 8
いづこをはかりとも覚えざりければ、かへりいりて、
どこかとも思いあたらなかったので、家に戻って、
He could not think of anywhere to go, so he returned home.58 - 9
思ふかひ/なき世なりけり/年月を/あだに契りて/我や住まひし
思う甲斐のない世の中でした。年月を無駄に縁を結んで、私たちは住んでいたのでしょうか。
It was a world where there was no point in thinking about it. Did we live together by making useless promises over the years?125 - 10
といひてながめをり。
と言って、ぼんやりと眺めていました。
Having sung this, he gazed blankly.35 - 11
人はいさ/思ひやすらむ/玉かづら/面影にのみ/いとゞ見えつゝ
人はいつも思いをするのだろうか、玉かづらの面影にのみ、たいそう見えているのですが。
I wonder if that person is always thinking of me. I can only see the image of the person in my mind.100 - 12
この女、いとひさしくありて、念じわびてにやありけむ、いひおこせたる。
この女は、のちになって、こらえきれなくなったのでしょうか、歌を詠んでよこしました。
This woman must have been thinking of me for a long time and could not bear it, so she composed a poem.103 - 13
今はとて/忘るゝ草の/たねをだに/人の心に/まかせずもがな
今はと言って、忘れ草の種だけでも、あなたの心に播かせたくないものです。
Now it's over, but I don't want to plant even the seeds of forget-me-nots in your heart.88 - 14
返し、
返し、
Reply,6 - 15
忘草/植うとだに聞く/ものならば/思ひけりとは/知りもしなまし
忘れ草を植えている、とだけでも聞いたなら、あなたを思っていたのだということが、わかるでしょう。
If you just heard that I was planting forget-me-nots, you would understand that I was thinking of you.102 - 16
またまたありしよりけにいひかはして、をとこ、
またまた昔のように、言葉を交わして、男は、
After that, the two talked more than ever before, and the man...64 - 17
忘るらむ/と思ふ心の/うたがひに/ありしよりけに/ものぞかなしき
忘れるだろうか、と思う心の疑いに、以前にもまして、もの悲しくなります。
I feel more sad than ever before because of the doubt that you will forget me.78 - 18
返し、
返しとして、
In response,12 - 19
中空に/立ちゐる雲の/あともなく/身のはかなくも/なりにけるかな
空の中に立ち浮かぶ雲が、あともなく、身もはかなくなってしまったのでしょうか。
The clouds floating in the sky disappear without a trace, and my body has become so fleeting as well.101 - 20
とはいひけれど、おのが世々になりにければ、うとくなりにけり。
とは言ったけれど、おのおの人生になってしまったので、うとくなってしまいました。
Although she sang this, they each found their life, and their relationship became distant.90
- 22段【千代を一夜】
- 1
むかし、はかなくて絶えにけるなか、なほや忘れざりけむ、女のもとより、
昔、はかなく絶えてしまった仲、まだ忘れられないのか、女のもとから、
In the past, the relationship ended without much love, but they still could not forget each other, and from a woman,...119 - 2
憂きながら/人をばえしも/忘れねば/かつ恨みつゝ/なほぞ恋しき
憂いと思いますが、人を忘れることができなく、恨めしく思ういっばう、やはり恋しく思います。
I think you are cold, but I cannot forget you, so I still feel resentful and miss you.86 - 3
といへりければ、「さればよ」といひて、男、
と言ったので、「それならば」と言って、男は、
Having sung this, "If it is so," he said, and ...49 - 4
あひ見ては/心ひとつを/かは島の/水の流れて/絶えじとぞ思ふ
逢っては、心一つを、河島の水の流れが絶えないように、と思っています。
Meeting each other, I think that the water of the Kawashima will not cease to flow.83 - 5
とはいいけれど、その夜いにけり。
と言ったけれど、その夜、女のところへ行った。
Although he sang this, he went to the woman's place that night.63 - 6
いにしへゆくさきのことどもなどいひて、
昔のこと、これからのことなど言って、
Talking about the past and the future,38 - 7
秋の夜の/千夜を一夜に/なずらへて/八千夜し寝ばや/飽く時のあらむ
秋の夜を千夜を一夜にして、八千夜寝ても飽きることがあるのでしょうか。
If you spend a thousand nights in one night, will you ever get tired of sleeping for eight thousand nights?107 - 8
返し、
返し、
Reply,6 - 9
秋の夜の/千夜を一夜に/なせりとも/ことば残りて/鳥や鳴きなむ
秋の夜の千夜を一夜にしても、言葉が残っているので、鳥が鳴くことでしょう。
Even if you spend a thousand nights in one night, the words of love will not run out, and the rooster will crow.112 - 10
いにしへよりもあはれにてなむ通ひける。
昔よりも、あわれに思って、通い続けるようになりました。
Thus, the man visited the woman's place with more compassion than before.73
- 23段【筒井筒】
- 1
むかし、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でてあそびけるを、
昔、田舎で暮らしていた人の子供たちが、井戸のそばで遊んでいたが、
Once upon a time, children of people who lived in the countryside played by the well.85 - 2
大人になりければ、男も女も、はぢかはしてありけれど、
大人になると、男も女も、恥かしくしていたが、
When they grew, both the man and the woman felt embarrassed,60 - 3
男は、この女をこそ得めと思ふ、女はこの男をと思ひつゝ、親のあはすれど聞かでなむありける。
男はこの女を得たいと思うし、女はこの男をと思っていて、親が他の男にめあわせようとしても、承知しないでいた。
The man wanted to marry the woman, and the woman wanted to marry the man, and even though the parents tried to match them with others, they refused.148 - 4
さて、この隣の男のもとよりかくなむ。
さて、この隣の男がこう歌を詠んできた。
Now, the man next door sang this song.38 - 5
筒井つの/井筒にかけし/まろがたけ/過ぎにけらしな/妹見ざる間に
井筒にかかる筒井のまろが竹が、過ぎ去ってしまったよ、あなたを見ない間に。
The bamboo pole hanging over the well has passed while I have not seen you.75 - 6
女、返し、
女は、返し、
The woman replied,18 - 7
くらべこし/ふりわけ髪も/肩過ぎぬ/君ならずして/誰かあぐべき
比べてきました振分髪も、肩を過ぎてしまいました。あなたのためでなくて、だれのために髪上げをしましょうか。
The hair I have compared to you has grown past my shoulders. For whom should I tie it up?89 - 8
などいひいひて、つひにほいのごとくあひにけり。
など言って、ついに、本意のように、結婚しました。
After exchanging songs like this, they finally got married as they had initially wished.88 - 9
さて年ごろふるほどに、女、親なく、たよりなくなるままに、「もろともにいふかひなくてあらむやは」とて、
さて、年をとっていくにつれて、女は親を失い、頼りなくなって、「もろともにいふかひなくてあらむやは」と言って、
As the years passed, the woman lost her parents and became helpless, saying, "I wonder if we can live together without any worries."132 - 10
河内の国、高安の郡に、いきかよふ所いできにけり。
河内の国、高安の郡に、行き通う所を作っていました。
He lived in a place where he could come and go in Kawachi Province, Takayasu District.86 - 11
さりけれど、このもとの女、あしとおもへる気色もなくていだしやりければ、
しかし、この前の妻は、憎しみを感じる様子もなく、男を送り出してやったので、
However, the former wife did not seem to hate him and sent him off.67 - 12
男こと心ありて、かゝるにやあらむと思ひうたがひて、前栽の中にかくれゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女いとようけさじて、うちながめて、
男は、異なる心があって、このようにしているんだと思い、疑って庭の植え込みの中に隠れて座り、河内へ行ったような顔で見ていると、この女は、たいそう念入りに化粧をして、物思いにふけり、
The man doubted that she was so honest, and hid in the bushes, pretending to go to Kawachi. When he looked at her face, he saw that she was very carefully made up and lost in thought,...186 - 13
風吹けば/沖つ白浪/龍田山/夜半にや君が/ひとり越ゆらむ
風が吹くと、沖の白波が立つという龍田山を、夜中にあなたが一人で越えていることでしょう。
When the wind blows, you must be crossing the Mount Tatsuta, where the white waves rise in the open sea, alone in the middle of the night.138 - 14
とよみけるをきゝて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。
と詠んだのを聞いて、とても愛しいと思って、河内へ行かなくなってしまいました。
Having heard this, the man thought she was very dear, and he stopped to go to Kawachi.86 - 15
まれまれかの高安に来て見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、
たまたま、高安に来てみると、男の通いはじめのころはおくゆかしくも粧をこらしたのだが、
By chance, when he came to Takayasu and saw her, she was very modestly made up when he first visited her,...108 - 16
いまはうちとけて、てづから飯匙とりて笥子のうつはものにもりけるを見て、心うがりていかずなりけり。
いまはうち解け、手ずから杓子を取って、飯を盛る器に盛っていたのを見て、男はいやになって、行かなくなってしまった。
Now, she was relaxed, and she took the ladle herself. He looked that she served the rice in the bowl, and he felt disgusted and stopped going.142 - 17
さりければ、かの女、大和の方を見やりて、
そこで、その女は、大和の方を見て、
Then, the woman from Kawachi looked toward Yamato,...53 - 18
君があたり/見つゝを居らむ/生駒山/雲な隠しそ/雨は降るとも
あなたのいらっしゃる生駒山あたりを望み見ていましょう。雲よ、隠さないで、雨は降っても。
I will gaze at the area where you are. Clouds, please do not hide the Ikoma Mountain, even if it rains.103 - 19
といひて見だすに、からうじて大和人「来む」といへり。
と言って見ると、たまたま大和の国の男が「来よう」と言ってきた。
As she sang and looked, a man from Yamato said, "I will come."62 - 20
よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば、
喜んで待つのですが、たびたび通ってこないので、
She happyly waited, but he did not come often.46 - 21
君来むと/言ひし夜毎に/過ぎぬれば/頼まぬものゝ/恋ひつゝぞ経る
君が来ようと言ったその夜ごとに、過ぎてしまいますので、あてにはせぬものの、恋しい思いで過ごしております。
Every night you said you would come, but you never did, so I spend my days with unrequited love.96 - 22
といへけれど、男すまずなりにけり。
と言ったけれど、男は住まなくなってしまいました。
Although she sang, the man would never come again.50
- 24段【梓弓】
- 1
むかし、男かた田舎に住みけり。
昔、男が片田舎に住んでいた。
Once upon a time, a man lived in the countryside.49 - 2
男宮仕へしにとて、別れ惜しみてゆきにけるまゝに、三とせ来ざりければ、待ちわびたるけるに、いとねむごろにいひける人に、「今宵あはむ」とちぎりたりけるに、この男きたりけり。
男は、宮中勤めをしに行くと言って、別れを惜しんで出かけたまま、三年帰ってこなかったので、待ちくたびれて、強く求婚してきた人に、「今夜逢いましょう」と結婚の約束を交した、そこへ、この男が帰ってきました。
The man said he was going to work at the palace and left, but he did not return for three years. Since that, the woman had been waiting and tired so long for him. and she had promised to marry another man who had proposed very strongly and said "See you tonight." to her. Then, the man came back.296 - 3
「この戸あけ給へ」とたゝきけれど、あけで、歌をなむよみていだしたりける。
「この戸を開けてください」とたたいたが、開けず、歌を詠んで差し出しました。
"Please open this door." he knocked, but she did not open it and sang a song to him.84 - 4
あらたまの/年の三年を/待ちわびて/新枕すれ/たゞ今宵こそ
三年を待ちくたびれて、新しい枕をするのは、今夜がはじめてだけです。
I have been waiting for three years, and I will use a new pillow firstly tonight.81 - 5
といひだしたりければ、
と言って差し出したところ、
When she sang and offered the poem,...38 - 6
梓弓/ま弓つき弓/年を経て/わがせしがごと/うるはしみせよ
梓の弓、真弓つきの弓、年月を経て、私が愛したように、新しい夫に美しく見せてください。
Azusa bow, a bow with a real bow, please show your love to your new husband as I loved you over the years.106 - 7
といひて、いなむとしければ、女、
と言って、立ち去ろうとしたので、女は、
When he sang and tried to leave, the woman...45 - 8
梓弓/引けど引かねど/昔より/心は君に/寄りにしものを
梓の弓、引いても引かなくても、昔から私の心はあなたに寄り添っているのです。
Azusa bow, whether you pull it or not, my heart has been close to you since the old days.89 - 9
といひけれど、男かへりにけり。
と言ったが、男は帰ってしまいました。
Although she said that, the man left.37 - 10
女いとかなしくて、後にたちて追ひゆけど、え追ひつかで、清水のある所にふしにけり。
女はとても悲しくて、後から追いかけましたが、追いつかず、清水のあるところで倒れてしまいました。
The woman was very sad and tried to follow him, but she could not catch up with him and fell down at a place where there was a spring.134 - 11
そこなりける岩に、およびの血して、書きつける。
そこにあった岩に、指の血で書きつけました。
She wrote with her blood on the rock there.43 - 12
あひ思はで/離れぬる人を/とゞめかね/わが身は今ぞ/消え果てぬめる
思いが通わないで離れてしまった人を、引きとめることができず、私の身は今、消え果てるようです。
I cannot stop the person who has left without my feelings reaching him, and I feel like I am dying now.103 - 13
書きて、そこにいたづらになりにけり。
と書いて、そこでむなしくなってしまいました。
After writing it, the woman became vain there.46
- 25段【逢はで寝る夜】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
あはじともいはざりける女の、さすがなりけるがもとにいひやりける。
逢おうとも、逢うまいともはっきり言わなかったが、いざとどうなるというところで、歌を詠んで贈った。
Although she did not clearly say whether she would meet him or not, he sent her a poem when it came to the point.113 - 3
秋の野に/笹分けし朝の/袖よりも/あはで寝る夜ぞ/ひぢまさりける
秋の野で笹を分けての、朝の袖よりも、逢わないで寝る夜の方が、より濡れました。
I divided the bamboo grass in the autumn field, and the night I sleep without you is wetter than the morning sleeves.117 - 4
色好みなる女、返し、
色好みな女が、返すには、
The woman who liked colors sent back a poem.44 - 5
みるめなき/わが身を浦と/知らねばや/離れなで海人の/足たゆく来る
海松布のない、私の身を浦と知らないから、離れもせずに海人の足が疲れて来るのでしょうか。
I wonder if you do not know that I am like seagrass, and that is why you come with tired feet without leaving me.113
- 26段【もろこし船】
- 1
むかし、男五条わたりなりける女をえ得ずなりにける事とわびたりける、人の返り事に、
昔、五条辺りに住む女を、得ることができなくなったことを悲しんでいる男が、ある人への返事に、
Once upon a time, a man who was sad since he could not marry a woman who lived around Gojo, replied to someone...113 - 2
思ほえず/袖にみなとの/騒ぐかな/もろこし舟の/寄りしばかりに
いきなり袖で湊が騒いでいて、唐船が湊に寄ってきたように。
Suddenly, on my sleeve, the harbor is noisy, as if a Chinese ship had approached the harbor.92
- 27段【たらひの影】
- 1
むかし、男、女のもとにひと夜いきて、又もいかずなりにければ、
昔、男が女のもとに一晩行って、また行かずにいると、
Once upon a time, a man went to a woman to spend a night, but he never went there again.88 - 2
女の手洗ふ所に、貫簀をうちやりて、たらひのかげに見えけるを、みづから、
女が手を洗うところに、貫簀を退けていて、たらいの影が見えたので、自分で、
At the place where women wash their hands, and since the rack was removed, her face was reflected in the water of the basin, and she said to herself...151 - 3
わればかり/もの思ふ人は/またもあらじと/思へば水の/下にもありけり
私だけで、思い悩む人は、またもいないと、思っていたら、水の下にもいたのでした。
I thought there was no one as sad as me, but there was someone under the water.79 - 4
とよむを、来ざりける男、立ち聞きて、
と詠むのを、来なかった男が立ち聞いて、
that she sang, the man who did not come and listened to her, sang,66 - 5
水口に/われや見ゆらむ/蛙さへ/水の下にて/もろ声に鳴く
水口に私があらわれたのでしょう。蛙までもが、水の下で声を合せて鳴いているのです。
I appeared at the water's edge. Even the frogs are singing in unison under the water.85
- 28段【あふごかたみ】
- 1
むかし、色好みなりける女、出でていにければ、
昔、色好みな女が出て行ってしまったとき、
Once upon a time, a woman who liked colors went out of the house,...68 - 2
などてかく/あふごかたみに/なりにけむ/水漏らさじと/結びしものを
なぜこんなにも、逢うことが難しくなってしまった。水も漏らさないように、結び合わせたものを。
Why has it become so difficult to meet? We had a firm promise to love each other like not leaking water.104
- 29段【花の賀】
- 1
むかし、春宮の女御の御方の花の賀に、めしあづけられたりけるに、
昔、春宮の女御の御方の花の賀に、召しあずけられましたときに、
Once upon a time, when a man was invited to the celebration of flowers of the lady of the spring palace,...107 - 2
花に飽かぬ/なげきはいつも/せしかども/今日のこよひに/似る時はなし
花に飽きることのない悲しみは、いつも感じていますが、今日の今宵に似た時はございません。
The sadness of parting with flowers is always remembered, but tonight is different from any other night.104
- 30段【はつかなりける女】
- 1
むかし、男、はつかなりける女のもとに、
昔、男、なかなか逢えない女のところに、
Once upon a time, a man sang a song to a woman who he could not see as he wished.81 - 2
あふことは/玉の緒ばかり/おもほえて/つらき心の/ながく見ゆらむ
逢うことは、玉の緒ほどのほんのわずかの間のように思われて、つらい心が長く感じられるようです。
Meeting you seems like a very short time, but my sad heart lasts long.70
- 31段【よしや草葉よ】
- 1
むかし、宮の内にて、ある御達の局のまへをわたりけるに、
昔、宮中で、ある御達の局の前を通り過ぎたときに、
Once upon a time, when a man passed by the office of a certain high-ranking lady-in-waiting in the palace,106 - 2
なにのあたにか思ひけむ、
どんな恨みある者に思ったのか、
The lady thought the man grudged her,37 - 3
「よしや草葉よ、ならむさが見む」といふ。
「たとえ草葉でも、本性を見ましょう」と言う。
"Even if you are grass and leaves, I will see your true nature."64 - 4
男、
男は、
The man,8 - 5
つみもなき/人をうけへば/忘草/おのがうへにぞ/生ふといふなる
罪もない人を受け入れると、忘れ草が自分の庭に生えると言われています。
It is said that if you punish an innocent person, forget-me-nots will grow in your garden.90 - 6
といふを、ねたむ女もありけり。
と言ったのを、妬む女もいました。
that he sang, then there was a woman who was jealous.53
- 32段【倭文の苧環】
- 1
むかし、ものいひける女に、年ごろありて、
昔、関係したことのある女に、何年かたって、
Once upon a time, a man sang for a woman who had been in a relationship with him for several years,..101 - 2
古の/しづのをだまき/くりかへし/昔を今に/なすよしもがな
昔のしづのをだまきをくりかえして、昔のことを今になっても思い出すことができれば、よいことでしょう。
It is a good thing to be able to remember the past by repeating the spindle of hemp thread for Shitsu fabric of ancient times.126 - 3
といへりけれど、なにとも思はずやありけむ。
と言ったけれども、女は何も思わなかったのでしょうか。
Although he sang, the woman did not seem to think anything.59
- 33段【こもり江】
- 1
むかし、男、津の国、菟原の郡にかよひける女、このたびいきては、又は来じと思へる気色なれば、男、
昔、男が津の国の菟原の郡の女のところに通っていたが、女は、今度自分が帰ったら、もう二度と来ないと察している様子なので、
Once upon a time, a man went to see a woman in the Ubara county of Tsu prefecture, the man guessed that the woman would think he would not come again, so he...159 - 2
芦辺より/みち来るしほの/いやましに/君に心を/思ひますかな
蘆辺より満ちてくる潮のように、ますますあなたを思う心が深くなります。
Like the tide that comes from the reed shore, my love for you deepens more and more.84 - 3
返し、
返し、
The reply he sang,18 - 4
こもり江に/思ふ心を/いかでかは/舟さす棹の/さして知るべき
こもり江に思う心を、どうして知ることができようか。舟を漕ぐ棹のように、私の心を察しているのでしょうか。
How can you know my hidden feelings like the inlet? Do you understand my heart like the oar of a boat?102 - 5
田舎人のことにては、よしやあしや。
田舎人の歌としては、よいのか、悪いのか。
As a countryman's song, is it good or bad?42
- 34段【つれなかりける人】
- 1
むかし、男、つれなかりける人のもとに、
昔、男が、冷たくしている人のところに、
Once upon a time, a man sent a song to a cold person.53 - 2
いへばえに/いはねば胸に/騒がれて/心ひとつに/嘆くころかな
言おうとすれば言えず、言わなければ胸の中で騒がれて、心一つに嘆くばかりのこのごろです。
If I try to say it, I can't, and if I don't say it, my heart is in turmoil, and I just lament in my heart.106 - 3
おもなくていへるなるべし。
厚かましく言ったものだろう。
He must have sung his painful heart without hesitation.55
- 35段【あわ緒】
- 1
むかし、心にもあらで絶えたる人のもとに、
昔、意図せず、交流が絶えた人のもとに、
Once upon a time, a man sang a song to a woman with whom he had unintentionally lost contact.93 - 2
玉の緒を/沫緒によりて/むすべれば/絶えてののちも/逢はむとぞ思ふ
玉の緒を泡緒に結びつけたように、二人の間が途切れたのちも、また逢いたいと思います。
Like the thread of a jewel tied to a bubble thread, I hope to meet you again even if our relationship has ended.112
- 36段【玉葛】
- 1
むかし、「忘れぬるなめり」と問ひ言しける女のもとに、
昔、「忘れてしまったようね」と、問うてきた女のもとに、
Once upon a time, a man sent a song to a woman who asked, "Have you forgotten?"79 - 2
谷せばみ/峯まではへる/玉かづら/絶えむと人に/わが思はなくに
谷が狭いので、峯まで這っている玉葛、絶えようという気持ちは人には持っていませんのに。
The beautiful vine that grows from the valley to the peak, I don't have the feeling of ending our relationship though, you..124
- 37段【下紐】
- 1
むかし、男、色好みなりける女に逢へりけり。
昔、男が、色好みな女に逢いました。
Once upon a time, a man met a lustful woman.44 - 2
うしろめたくや思ひけむ、
男は、後ろめたく思ったのか、
The man was worried about the woman,..38 - 3
我ならで/下紐解くな/朝顔の/夕影待たぬ/花にはありとも
私以外の男に、下紐を解いてはなりません。朝顔がタベを待たないの花であっても。
You must not untie the lower string for anyone other than me, even if your heart is like a morning glory that does not wait for the evening shadow.147 - 4
返し、
返しの歌、
The reply she sang,19 - 5
ふたりして/結びし紐を/ひとりして/あひ見るまでは/解かじとぞ思ふ
二人で結んだ下紐を、一人では、また逢うまで解かないと思います。
I think I will never untie the lower string only by myself until we meet again.79
- 38段【恋といふ】
- 1
むかし、紀有常がり行きたるに、歩りきて遅く来けるに、よみてやりける。
昔、紀有常のところに行ったときに、歩いて遅く帰って来たので、歌を詠んで贈った。
Once upon a time, when a man went to see Ki no Aritsune, he came home late by walk, and the man read it for him.112 - 2
君により/思ひならひぬ/世の中は/人はこれをや/恋とやいふらむ
君によって、思いを習いましたよ。世の中の人はこれを恋と言うのでしょうね。
I have learned a feeling from you. People in the world call this love.70 - 3
返し、
返し、
The reply he sang,18 - 4
ならはねば/世の人ごとに/なにをかも/恋とはいふと/問ひし我しも
私は恋を経験していないので、世の人が、何を「恋」というのかと、私も、あなたにおたずねしたのです。
I have not learned love, so I asked you what people call "love."64
- 39段【源の至】
- 1
むかし、西院の帝と申す帝おはしましりけり。
昔、西院の帝という天皇がおいでになった。
Once upon a time, there was an emperor called the Emperor of the West Palace.77 - 2
その帝のみこ、崇子と申すいまそがりけり。
その帝の皇女に、崇子とおっしゃる方がいらっしゃった。
There was the emperor's daughter called Princess Takako.56 - 3
そのみこうせ給ひて、御葬の夜、その宮の隣なりける男、いまそかり見むとて、女車にあひ乗りて出でたりけり。
その皇女がお亡くなりになって、お見送りの夜、その御殿の隣に住んでいた男が、それを見物しようとして、女車に女といっしょに乗って出かけた。
The emperor's daughter passed away, and on the night of her funeral procession, a man who lived next to the palace went out to see the procession with his woman in a carriage usually ladies ride.195 - 4
いと久しう率ていでたてまつらず。
とても長い間、出ていたが、なかなか棺がでていらっしゃらなかった。
He waited for a long time, but the coffin did not come out.59 - 5
うち泣きてやみぬべかりけるあひだに、天の下の色好み、源至といふ人、これももの見るに、この車を女車と見て、寄り来て、とかくなまめくあひだに、
泣き続けてやむことなく、天下の色好み、源至という人が、この車を女車だと見て、寄ってきて、この車の中の女の顔が見えるかもしれないと、
He kept crying and did not stop, and in the meantime, Minamoto no Itaru came to see the funeral procession, and he saw the carriage and realized the carriage was for a woman, so he came closer and made a gesture to show his interest.233 - 6
かの至、蛍をとりて女の車に入れたりけるを、車なりける人、この蛍のともす火にや見ゆらむ、ともし消ちなむずるとて、乗れる男のよめる。
その至は、蛍をとって、女のいる車に入れたので、この蛍のともす灯で見えるかもしれない、この灯を消そうと乗っていた男が詠んだ。
Minamoto no Itaru brought a firefly and put it in the carriage where the man was, so the man who was riding the carriage sang a song to put out the light of the firefly.169 - 7
出でていなば/かぎりなるべみ/ともしけち/年へぬるかと/なく声を聞け
出てしまったならば、これが最後でしょうから、灯が消え、命が終ったと、泣く声をお聞きなさい。
The coffin comes out, and then it will be the end, so listen to the voices of the people crying and mourning the end of the life.129 - 8
かの至、返し、
返し、
The reply he sang,18 - 9
いとあはれ/なくぞ聞ゆる/ともしけち/消ゆるものとも/我は知らずな
とてもあわれなことです。しかし、灯が消えて皇女様の魂が人々の心から消え去ってゆくものとも、私は思いませんね。
It is a good thing to be able to remember the past by repeating the spindle of hemp thread for Shitsu fabric of ancient times.126 - 10
かの至、返し、
かの至の返し、
The reply that Minamoto no Itaru sang,38 - 11
いとあはれ/なくぞ聞ゆる/ともしけち/消ゆるものとも/我は知らずな
とてもあわれです。泣き声が聞こえ、灯りが消えても、私は知らない。
It is very sad. Even if I hear the crying voice and the light of the fireflies go out, I will not care.103 - 12
天下の色好みの歌にては、なほぞありける。至は順が祖父なり。みこの本意なし。
天下の色好みの歌としては、まだまだある。至は順の祖父である。ご本心ではない。
It was a common song by one of the best woman lovers in this world. Itaru's grandfather is Shitagofu. This song does not express his true feelings.147
- 40段【すける物思ひ】
- 1
むかし、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。
昔、若い男が、召使いの女に思いを寄せていた。
Once upon a time, a young man was in love with a servant woman.63 - 2
さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへ追ひやらむとす。
出過ぎた親が、娘と男が恋愛関係になるのではないかと心配して、この娘を他の場所へ追いやろうと考えました。
She has parents who are so worried about their daughter who will be in love with a man, so they try to move her to another place.129 - 3
さこそいへ、まだ追ひやらず。
そうは言っても、まだ追い出してはいない。
However, they have not moved her yet.37 - 4
人の子なれば、まだ心いきほひなかりければ、とどむるいきほひなし。
人の子であるし、まだ心の勢いはなかったので、引き止める勢いはありませんでした。
As a human being, he has not yet moved his heart, so he has no intention of stopping.85 - 5
女もいやしければ、すまふ力なし。
女も貧しいので、住む力もありませんでした。
The woman is also a low-ranking person, so she has no power to live.68 - 6
さる間に思ひはいやまさりにまさる。
その間に思いはだんだん募ってきます。
While he is thinking about her, his love for her grows stronger and stronger.77 - 7
にはかに親この女を追ひうつ。
急に、親は、この女を追い出してしまいました。
The parents suddenly move her out.34 - 8
男、血の涙をながせども、とどまるよしなし。
男は、血の涙を流しても、留める理由がありません。
The man shed tears of blood, but there was no way to stop her to leave.71 - 9
率て出でていぬ。
誰かに連れられて出ていってしまいました。
Someone took her and left the house.36 - 10
男泣く泣くよめる。
男は、泣きながら詠んだ。
The man sang while crying.26 - 11
いでていなば/誰か別れの/かたからぬ/ありしにまさる/けふは悲しも
出て行ってしまったのなら、誰も別れは難しくない。今迄よりもずっと悲しさが勝っています、今日の悲しみは。
If she leaves by herself, it would not be so hard to say goodbye. But, the sadness today is more than ever before.114 - 12
とてよみて絶え入りにけり。
そう詠んで、気を失ってしまいました。
He sang and fainted.20 - 13
親あわてにけり。
親はうろたえてしまいました。
His parents are very embarrassed32 - 14
なほ思ひてこそいひしか、いとかくしもあらじと思ふに、真実に絶え入りにければ、
子を思ってこそ言ったのだが、こんなことにはならないだろうと思ったのに、本当に息絶え絶えになってしまったので、
They suggested that he should break with the woman, and he was really out of breath, so they were embarrassed and made a wish.126 - 15
まどひて願立てけり。
困ってしまい、願いを立てました。
He was confused and made a wish.32 - 14
今日の入相ばかりに絶え入りて、
今日の日暮れごろに気絶して、
He fainted around sunset today,31 - 15
又の日の戌の時ばかりになむ、
翌日の戌の時ごろになって、
around the time of the dog on the next day,43 - 16
辛うじていき出でたりける。
かろうじて生き返った。
He finally came back to life.29 - 17
むかしの若人は、さる好けるもの思ひをなむしける。
昔の若者は、こんないちずな恋をしたものだ。
The young people of the past had such simple love.50 - 18
今のおきな、まさにしなむや。
今の老人、まさに死んでしまうでしょう。
Old people of today would die.30
- 41段【紫】
- 1
むかし、女はらからふたりありけり。
昔、二人の姉妹がいました。
Once upon a time, there were two sisters.41 - 2
ひとりはいやしき男の貧しき、ひとりはあてなる男もちたりけり。
一人は身分が低くて貧しい男を、一人は高貴な男を、夫としていました。
One married a poor and low status man, and another marieed a wealthy and high status man.89 - 3
いやしき男もたる、師走のつごもりに上の衣を洗ひて、手づから張りけり。
身分の低い男を夫とした女は、十二月の末に、夫の袍を洗って、自らの手で張る仕事をしました。
The woman who married a low status man washed and stretched her husband's robe by herself at the end of December.113 - 4
志はいたしけれど、さる賎しき業も習はざりければ、上の衣の肩を張り破りてけり。
心を込めてしたのですが、そのような下女のする仕事も習ってはいないので、上着の肩のところを張り破ってしまいました。
She did her best, but she had never learned such a lowly job, so she tore the shoulder of the robe.99 - 5
せむ方もなくてたゞ泣きに泣きけり。
どうしようもなくて、ただ泣きに泣くばかりでした。
She was helpless and just cried.32 - 6
これを、かのあてなる男聞きて、いと心苦しかりければ、いと清らかなる録衫の上の衣を見出でてやるとて、
これを、かの高貴な男が聞いて、とても気の毒に思ったので、とても美しい録衫の上の衣を見つけ出して贈ることにした。
The high-ranking man heard about it and felt very sorry, so he found a very beautiful robe and gave it to her.110 - 7
紫の/色濃き時は/めもはるに/野なる草木ぞ/わかれざりける
紫の色が濃い時は、見分けがつきませんが、野の草木も区別がつきません。
When the color of the purple grass is dark, the grass and trees in the field are indistinguishable.99 - 8
武蔵野の心なるべし。
おそらくこれは武蔵野の心でしょう。
This is probably a song about the heart of Musashino.53
- 42段【誰が通ひ路】
- 1
むかし、男色好みと知る知る女をあひ言へりけり。
昔、男が、色好みな女と心得ながら、ある女と語らいあった。
Once upon a time, a man talked to a woman who he knew that she liked men.73 - 2
されど憎くはた、あらざりけり。
しかし、憎くは思っていなかった。
However, he did not hate her.29 - 3
しばしばいきけれどなほいと後めたく、さりとて、いかではた得あるまじかりけり。
しばしば通ったが、やはり女の心がとても気がかりでいやに思うが、そうかといって、また、行かないではいられませんでした。
He often visited her, but he was very worried about her heart, and he could not help but go to see her.103 - 4
なほはた得あらざりけるなかなりければ、二日三日ばかりさはることありて、えいかでかくなむ。
なんといっても、行かなくてはいられなかった仲だったので、男は二三日ほど、他用があって、行くことができず、こう詠んでやった。
After all, he could not help but go, so he could not go for two or three days, and he sang like this.101 - 5
出でて来し/あとだに未だ/かはらじを/誰が通ひ路と/今はなるらむ
出て来た跡でもいまだ変っていないのに、誰の通い路と今はなっているのでしょう。
Even the tracks I left when I departed have not yet changed, Whose path do they now become, I wonder?101 - 6
もの疑はしさに詠めるなり。
もの疑わしさに詠んだのでした。
He sang with a sense of doubt.30
- 43段【名のみ立つ】
- 1
むかし、賀陽親王と申す親王おはしましけり。
昔、賀陽親王と申す親王がいらっしゃいました。
Once upon a time, there was a prince named Prince Kaya.55 - 2
その親王、女をおぼしめして、いと賢う恵みつかう給ひけるを、人なまめきて有りけるを、我のみと思ひけるを、又人聞きつけて、文やる。
その親王は、ある女性に思いを寄せ、とてもお恵みをたくさん与えていましたが、ある人がその女に心をかけ、色めかしい振舞を見せていたが、その男が自分だけが その女性を思っている思い込んでいたので、そのことを聞きつけて手紙を送りました。
The prince had fallen in love with a woman and had been very kind to her, but another man had been paying attention to her and behaving in a flirtatious manner. The man secretly thought that only he was close to her.216 - 3
ほととぎすの形を書きて、
ほととぎすの形を描いて、
He drew a picture of a cuckoo,30 - 4
歌を詠みて、
歌を詠んで、
and sang a song,16 - 5
ほととぎす/汝が鳴く里の/あまたあれば/なほ疎まれぬ/思ふものから
ほととぎす、おまえが鳴く里はたくさんあるから、やはりいやに思われますよ。
Cuckoo, there are many places where you sing, so you are still disliked.72 - 6
といへり。
と言いました。
he said.8 - 7
この女、気色をとりて、
この女は、機嫌を取って、
This woman caring the feelings of the man,42 - 8
歌を詠みて、
歌を詠んで、
sang a song,12 - 9
名のみたつ/しでの田長は/けさぞ鳴く/庵あまた/疎まれぬれば
名前だけ立つ死出の田長は、今朝、鳴いています。あちこちに巣を持って、浮気な者とうとまれてしまいましたから。
The cuckoo of the death-departing Tanaga, whose reputation is only bad, is crying this morning. He has nests everywhere and is disliked as a flirt.147 - 10
時は五月になむありける。
時は五月でした。
It was May.11 - 11
男返し、
男が歌を返し、
The man replied,16 - 12
いほり多き/しでの田長は/なほ頼む/わが住む里に/声し絶えずは
巣の多いほととぎすは、やはり頼みにしています。私の住む里に声が絶えなければ。
Cuckoos making nests everywhere, I will rely on you, unless your voice stops in my village.91 - 13
もの疑はしさに詠めるなり。
もの疑わしさに詠んだのでした。
He sang with a sense of doubt.30
- 44段【馬のはなむけ】
- 1
むかし、県へゆく人に馬のはなむけせむとて、呼びて、疎き人にしあらざりければ、家刀自、盃さゝせて女の装束かづけむとす。
昔、地方へ行く人に餞を贈ろうとして、呼び寄せて、疎い人ではなかったので、家に入れて、盃をささげて女の装束を贈呈しようとしました。
Once upon a time, a man tried to give a present to a person who will go to the countryside, and called him and offered him a cup of sake, and tried to give a set of kimono clothes to him.187 - 2
主人の男、歌詠みて、裳の腰に結ひつけさす。
主人の男が、歌を詠んで、贈物の装束の裳の腰紐に結びつけさせました。
The master sang a song and tied the kimono sash to the waist of the gift.73 - 3
いでてゆく/君がためにと/脱ぎつれば/我さへも/なくなりぬべきかな
出でていく君のためにと脱いだので、私までも、いなくなってしまうのでしょうか。
I took off my clothes for you who are leaving, so I wonder if I will disappear too.83 - 4
この歌は、あるがなかに面白ければ、心とゞめてよまず、 腹に味はひて。
この歌は、この世にある歌のなかでも、面白いものなので、心に留めておいて、声に出しては読まず、心の中で味わってください。
This song is particularly interesting among many songs, so you should keep it in your heart and taste it in your heart without reciting it.139
- 45段【行く蛍】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
人の娘のかしづく、いかでこの男にもの言はむと思ひけり。
人の娘が仕える、この男にどうにかして話をしようと思いました。
A daughter of a person, who served to this man, thought she would somehow talk to the man.90 - 3
うちいでむこと難くやありけむ、もの病になりて死ぬべきときに、
外に出ることが難しかったのだろうか、重い病気になって死ぬべき時に、
It was difficult to go out, and when she was about to die of a serious illness,79 - 4
「かくこそ思ひしか」といひけるを、
「このように思っていました」と行ったのを、
She said, 'I have been thinking like this.'43 - 5
親聞きつけて、泣く泣く告げたりければ、
親が聞きつけて、涙ながらに男に告げたものだから、
Since her parents heard about it and told that to the man with crying,70 - 6
まどひ来たりけれど、死にければ、つれづれと籠りをりけり。
男は驚いて来たが、死んでしまったので、ただ寂しく籠もっていました。
The man came in a hurry, but she died, so he was just mourning.63 - 7
時は水無月のつごもり、いと暑きころほひに、宵はあそびをりて、夜は更けてやゝ涼しき風吹きけり。
時は水無月の終わり、とても暑い時期に、夜は遊びをして、夜が更けて涼しい風が吹いていました。
It was the end of June, a very hot time, and in the evening, they played, and the night became cooler with a breeze.116 - 8
蛍高く飛びあがる。
蛍が高く飛び上がる。
Fireflies fly high.19 - 9
この男、見ふせりて、
この男、じっと見つめて、
This man watched it,..22 - 10
行く蛍/雲の上まで/いぬべくは/秋風吹くと/雁に告げこせ
行く蛍、雲の上まで飛んで行けるなら、秋風が吹いているよと雁に告げておくれ。
Firefly, if you can fly up to the clouds, tell the geese that the autumn wind is blowing in the lower world.108 - 11
暮れがたき/夏のひぐらし/ながむれば/そのことゝなく/ものぞ悲しき
なかなか暮れない夏のひぐらしを聞いていると、理由もなく、悲しい気持ちになります。
When I look at the evening cicadas in the summer, I can't help but remember it, and it's sad.93
- 46段【うるはしき友】
- 1
むかし、男、いとうるはしき友ありけり。
昔、男に、たいへん仲のよい友がいました。
Once upon a time, a man had a very nice friend.47 - 2
かた時去らずあひ思ひけるを、人の国へいきけるを、いとあはれと思ひて別れにけり。
かた時たりとも、相思っていたのに、他の国へ行ったので、とても悲しく思ってお別れしました。
Although he wanted to be together all the time, he went to another country, so he parted with him with great sorrow.116 - 3
月日経ておこせたる文に、
月日が経って送られてきた手紙に、
In a letter sent after a long time,35 - 4
「あさましく対面せで月日の経にけること。
「あさましく対面せずに月日が経ってしまいました。
It is surprising that we have not met for a long time.54 - 5
忘れやし給ひにけむと、いたく思ひわびてなむ侍る。
忘れてしまったのだろうかと、とても悲しく思っています。
I wonder if you have forgotten me, and I am very sad.53 - 6
世の中の人の心は、目離るれば忘れぬべきものにこそあめれ。
世の中の人の心は、目を離せば忘れてしまうものにちがいありません。
People's hearts in the world are such that they forget when they have not been seeing long time.96 - 7
といへりければ、よみてやる。
と言ったので、読んであげます。
That he said, so I will read it.32 - 8
目離るとも/おもほえなくに/忘らるゝ/時しなければ/面影にたつ
お目に掛かれずとも思えなく、忘れる時がないので、面影が浮かび上がってきます。
If there is no time to forget, even if you are not seen, the image will appear.79
- 47段【大幣】
- 1
むかし、男、懇にいかでと思ふ女ありけり。
昔、男が、心から、なんとかしてと思う女がいました。
Once upon a time, there was a woman who a man wanted to make love with.71 - 2
されど、この男をあだなりと聞きて、つれなさのみまさりつゝいへる。
されど、この男を浮気者だ、と聞いて、冷淡さのみが増さりつつ、詠みました。
However, she heard that the man was a flirt, and her coldness increased, so she sang.85 - 3
大幣の/ひく手あまたに/なりぬれば/思へどこそ/頼まざりけれ
大幣の引く手がたくさんになっているので、思っても、お願いすることはできません。
Like a big cloth, there are many hands pulling you, so you can't ask for it even if you think about it.103 - 4
返し、男、
返し、男、
The man replied,16 - 5
大幣と/名にこそたてれ/流れても/つひによる瀬は/ありといふものを
大幣と評判になっていますが、流れていっても、おしまいには寄る瀬があるといいます。
Like a big cloth, I am known to be popular, but even if I flow away, there is a place where I will flow in the end.115
- 48段【人待たむ里】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
馬のはなむけせむとて、人を待ちけるに、来ざりければ、
馬の餞を贈ろうと思って、人を待っていたのに、来なかったので、
He was waiting for a person to give a horse's nose, but he didn't come, so he sang a song to give it.101 - 3
今ぞ知る/苦しきものと/人待たむ/里をば離れず/訪ふべかりけり
今、わかりました。苦しいものということを。人を待つ里は、離れることなく訪ねるべきですね。
Now I know how painful it is to wait for someone who doesn't come. So the house of a woman waiting for a man must be visited without fail.138
- 49段【若草】
- 1
むかし、男、妹のいとをかしげなりけるを見をりて、
昔、男が、妹のとても愛らしいさまを見ていて、
Once upon a time, a man saw his sister's lovely appearance and,63 - 2
うら若み/寝よげに見ゆる/若草を/人の結ばむ/ことをしぞ思ふ
若いので、寝て見る若草を、人が結ばれること、惜しく思います。
Because you are young, I regret that people will marry you, who look like young grass when you sleep.101 - 3
と聞えけり。返し、
と申し上げた。返し、
That he said. The reply,24 - 4
初草の/などめづらしき/言の葉ぞ/うらなくものを/思ひけるかな
初草のように、珍しい言葉ですね。心に隔てなく、それを思い出しています。
What a wonderful word like the first grass. I thought about it without any hesitation.86
- 50段【鳥の子】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
恨むる人を恨みて、
恨む人を恨んで、
Hating the person who hated,28 - 3
鳥の子を/十づゝ十は/重ぬとも/思はぬ人を/おもふものかは
鳥の子を十羽ずつ何度も重ねても、私のことを思ってくれない人を、私が思うことなどありえないでしょう。
Even if you stack ten times the number of round eggs, is it possible to think of someone who doesn't love you?110 - 4
といへりければ、
と言ってきたので、
That he said, so16 - 5
朝露は/消え残りても/ありぬべし/誰かこの世を/頼みはつべき
朝露は消え残ってもまだ存在するかもしれません。誰がこの世を頼り切ることができましょうか。
Morning dew may remain. However, who should rely on this world?63 - 6
又、男、
又、男、
Again, the man...17 - 7
吹く風に/去年の桜は/散らずとも/あな頼みがた/人の心は
吹く風に去年の桜が散らないとしても、ああ、なんと頼りがたいものでしょう、人の心は。
Even if the cherry blossoms that bloomed last year did not fall in the wind, how difficult it is to rely on people's hearts.124 - 8
又、女、返し、
また、女が返すには、
And she replied,16 - 9
ゆく水に/数かくよりも/はかなきは/思はぬ人を/思ふなりけり
ゆく水に数を数えるよりも儚いのは、思ってくれない人を思うことです。
It is more fleeting to think of someone who does not think of you than to count the number of drops in flowing water.117 - 10
又、男、
又、男、
Again, the man sang,20 - 11
ゆく水と/過ぐるよはひと/散る花と/いづれ待ててふ/ことを聞くらむ
ゆく水、過ぎてゆく年齢、散る花と、一体どれを待てばよいのかと、そんな話を聞くだろうか。
Who would say to wait for either the flowing water, the passing time, or the falling flowers?93 - 12
あだ比べ、かたみにしける男女の、忍びありきしけることなるべし。
浮気を競り合い、お互いに逢瀬を重ねた男女が密かに会っていたことでしょう。
It seems that the man and woman, who competed in infidelity and secretly met each other, were having clandestine meetings.122
- 51段【菊】
- 1
むかし、男、人の前栽に菊植ゑけるに、
昔、男が、人の前栽に菊を植えたときに、
Once upon a time, a man planted chrysanthemums in a person's front garden,74 - 2
植ゑしうゑば/秋なき時や/咲かざらむ/花こそ散らめ/根さへ枯れめや
植えた木は秋が来ない時でも咲かないのでしょうか。花は散るかもしれませんが、根まで枯れてしまうことがあるんでしょうか。
When I have planted it, will it not bloom even if autumn does not come? The flowers may fall, but will the roots wither as well?128
- 52段【かざり粽】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
人のもとより、かざり粽おこせたりける返り事に、
人のもとより、かざり粽を贈ってきた返事に、
In response to the decorated Chimaki sent from the person,58 - 3
菖蒲刈り/君は沼にぞ/まどひける/我は野に出でて/かるぞわびしき
菖蒲を刈りに沼に入って、私は野に出て、狩るのがつらいことでした。
You went into the swamp to cut the iris, and I went out into the field, which was hard to hunt.95 - 4
とて、雉子をなむやりける。
と詠んで、雉を贈りました。
He sang and gave a bird.24
- 53段【あひがたき女】
- 1
むかし、男、あひがたき女にあひて、物語などするほどに、鶏の鳴きければ、
昔、男が、なかなか逢えない女に逢って、思うことを話しているうちに、鶏が鳴いたので、
Once upon a time, a man could meet a woman who was hard to meet, and as they talked about their thoughts, the rooster crowed,125 - 2
いかでかは/鶏の鳴くらむ/人しれず/思ふ心は/まだ夜ぶかきに
どうして鶏が鳴くのでしょうか、人しれず思う心は、まだ夜が深々として明けないのに。
Why does the rooster crow? My feelings of longing for someone are still deep in the night and have not yet dawned.114
- 54段【つれなかりける女】
- 1
むかし、男、つれなかりける女に言ひやりける。
昔、男、つれなかった女に言いやった。
Once upon a time, a man sang a song to a cold-hearted woman59 - 2
行きやらぬ/夢路を頼む/たもとには/天つ空なる/露やおくらむ
行きかねる夢の道を頼りにする袖には、天の空にある露が降りてくるでしょうか。
In my sleeve that relies on the difficult-to-tread dream path, will the dew from the heavenly sky descend?106
- 55段【言の葉】
- 1
むかし、男、思ひかけたる女の、え得まじうなりての世に、
昔、男が思いを寄せていた女が、どうしても手に入らない状況になった時に、
Once upon a time, when a man, who had feelings for a woman, found himself in a situation where he could not possibly have her,126 - 2
思はずは/ありもすらめど/言の葉の/をりふしごとに/頼まるゝかな
思わないこともあるでしょうが、あなたの言葉の折々に期待してしまうのでしょうか。
You may not think of me, but do I rely on your words every time I hear them?76
- 56段【草の庵】
- 1
むかし、男、 臥して思ひ起きて思ひ、思ひあまりて、
昔、男が、寝て思い、起きて思い、思いあまって、
Once upon a time, a man thought while lying down, thought while getting up, and thought too much,97 - 2
わが袖は/草の庵に/あらねども/暮るれば露の/宿りなりけり
私の袖は、草の庵ではないけれども、暮れると露の宿になりました。
My sleeves are not a grass hut, but when evening falls, they become a dwelling for the dew.91
- 57段【恋ひわびぬ】
- 1
むかし、男、人しれぬもの思ひけり。
昔、男が、誰にも知られず、思い悩んでいた。
Once upon a time, there was a man who, without anyone knowing, was deeply troubled.83 - 2
つれなき人のもとに、
冷たい人のもとに、
To a cold-hearted woman,24 - 3
恋ひわびぬ/あまの刈る藻に/やどるてふ/われから身をも/くだきつるかな
恋に疲れてしまって、海人が刈り取る藻に住み着くという私が身をも砕いてしまったのでしょうか。
I have become weary from love. Could it be that I, who is said to dwell in the seaweed harvested by the fishermen, have shattered my own body?142
- 58段【荒れたる宿】
- 1
むかし、心つきて色好みなる男、長岡といふ所に家造りてをりけり。
昔、心底色恋を楽しむ風流な男が、長岡という場所に家を建てて住んでいた。
Once upon a time, a man who deeply enjoyed romantic affairs and was quite dashing built a house and lived in a place called Nagaoka.132 - 2
そこの隣なりける、宮ばらに、こともなき女どもの、田舎なれければ、
そこの隣に住んでいた、宮の人々に仕える女性たちは、ごく普通の女たちで、田舎育ちだったので、
The women who lived next door, serving the people of the palace, were quite ordinary and were from the countryside, so118 - 3
田刈らむとてこの男のあるを見て、
田の稲を刈ろうとしてこの男がいるのを見て、
Seeing the man there as he was about to harvest the rice fields,64 - 4
「いみじのすき者のしわざや」とて集りていり来ければ、
「大変な色好みのやることだなあ」と言って集まって入って来たので、
They said, 'What an amazing act of a passionate person,' and gathered and came in.82 - 5
この男、逃げて奥にかくれにければ、女、
この男は、逃げて奥に隠れてしまったので、女は、
The man ran away and hid in the back, so the woman,51 - 6
荒れにけり/あはれいく世の/宿なれや/住みけむ人の/おとづれもせぬ
荒れてしまったよ。ああ、何代も住み続けた宿だったのだろうか。住んでいた人の訪れもしません。
It has become desolate. Ah, how many generations has this place been a dwelling? There is not even a visit from those who lived here.133 - 7
といひて、この宮に集り来ゐてありければ、この男、
と言って、この宮様の邸に集まってきていたので、この男は、
Saying this, they gathered at the palace, the man,50 - 8
むぐら生ひて/荒れたる宿の/うれたきは/かりにも鬼の/すだくなり
雑草が生い茂って荒れ果てたこの家の悲しいことは、一時的にでも鬼が集まってくることですよ。
The desolation of this house, overgrown with weeds, is sorrowful because even for a short time, demons gather and make a racket.128 - 9
とてなむいだしたりける。
とて詠みだしました。
He sang a song and offered it.30 - 10
この女ども、「穂ひろはむ」といひければ、
この女たちが、「落穂を拾いましょう」と言ったので、
Since the women said, 'Let's pick up the fallen grains,'56 - 11
うちわびて/おち穂ひろふと/きかませば/我も田面に/ゆかましものを
すっかり困り果てて落ち穂を拾うと聞いたならば、私も田んぼに行ったでしょうに。
If I had heard that you were in trouble and picking up the fallen grains, I would have gone to the rice field to help.118
- 59段【東山】
- 1
むかし、男、京をいかゞ思ひけむ。東山に住まむと思ひ入りて、
昔、ある男が、都をどう思ったのでしょうか。東山に住もうと決心して、
Once upon a time, a man wondered what to think of the capital. He decided to live in Higashiyama,97 - 2
住わびぬ/今はかぎりと/山里に/身をかくすべき/宿をもとめてむ
住むことができなくなってしまった。今はこれまでと、山里に身を隠すのによい住みかをさがし求めたいなあ。
I can no longer live there. Now I want to find a good place to hide in the mountains.85 - 3
かくて、ものいたく病みて、死に入りければ、おもてに水そゝぎなどしていきいでて、
そうして、ひどく病気になって、死にかけたので、顔に水をかけたりなどして、息を吹き返して、
In this way, he became seriously ill and was on the verge of death, so they splashed water on his face and he revived.118 - 4
わが上に/露ぞ置くなる/天の河と/渡る船の/かいのしづくか
私の上に露が置かれているようです。天の川を渡る船の櫂から落ちるしずくなのでしょうか。
It seems that dew is placed upon me. Could this be the drops from the oars of the boat crossing the Milky Way?110 - 5
となむいひて、いき出でたりける。
そう言って、息を吹き返したのでした。
He said this and then revived.30
- 60段【花橘】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
宮仕へいそがしく、
宮廷勤めが忙しく、
He was busy with court duties,30 - 3
心もまめならざりけるほどの家刀自、
心もまめに愛情をそそいでやらなかった時の妻が、
The wife whom he did not earnestly pour his love into during the time she was his wife,87 - 4
まめに思はむといふ人につきて、
誠実に愛そうと言う人について、
Followed a person who said he would love earnestly,51 - 5
人の国へいにけり。
その人の国へ行ってしまいました。
She went to that person's country.34 - 6
この男、宇佐の使にていきけるに、
この男が、宇佐の使いとなって行った折に、
When the man became a messenger and went to Usa,48 - 7
ある国の祇承の官人の妻にてなむあると聞きて、
ある国の祇承の役人の妻になっていると聞いて、
he heard that she had become the wife of an official in charge of rituals in a certain province.96 - 8
「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」
「女主人に杯を取らせよ。そうでなければ飲まない」
Have the female host take the cup. Otherwise, I will not drink.63 - 9
といひければ、
と言ったので、
He said this, so16 - 10
かはらけとりいだしたりけるに、
女が盃を取り持って差し出したところ、
when the woman took the cup and held it out,44 - 11
さかななりける橘をとりて、
酒の肴として橘を取って、
taking a tachibana (citrus fruit) as a side dish for the sake,62 - 12
さつき待つ/花たちばなの/香をかげば/昔の人の/袖の香ぞする
五月を待つ花橘の香りをかぐと、昔の人の袖の香りがする。
When I smell the fragrance of the tachibana blossoms that wait for May, it reminds me of the scent of the sleeves of someone from long ago.139 - 13
といひけるにぞ、思ひ出でて、尼になりて、山に入りてぞありける。
と言ったことを思い出して、尼になって山に入ったのでした。
Remembering what had been said, she became a nun and went into the mountains.77
- 61段【染河】
- 1
むかし、男、筑紫までいきたるに、
昔、男が、筑紫まで行ったときに、
Once upon a time, when a man went to Tsukushi,46 - 2
「これは色好むといふすきもの」
「これは、色好むという好き者ですよ」
"This man is said to be fond of colors."40 - 3
と、すだれのうちなる人のいひけるを、聞きて、
と簾の中にいた女が言ったのを聞いて、
Hearing what a woman who was inside a blind said,49 - 4
染河を/渡らむ人の/いかでかは/色になるてふ/ことのなからむ
染河を渡る人は、どうして色になるということなしでいられましょうか。
One would cross the dyed river, how can he cross it without being dyed?71 - 5
女、返し、
女が返し、
The woman replied,18 - 6
名にしおはば/あだにぞあるべき/たはれ島/浪のぬれぎぬ/着るといふなり
もし名前が本当であれば、きっと浮気なことでしょう。たはれ島(戯れ島)という名前の島は、波の濡れ衣を着ると言われているのです。
If its name is true, it must be something frivolous. It is said that Tahare Island, as its name suggests, wears the wet clothes of the waves.141
- 62段【こけるから】
- 1
むかし、年ごろ訪れざりける女、心かしこくやあらざりけむ、はかなき人の言につきて、人の国になりける人につかはれて、もと見し人の前にいで来て、もの食はせなどしけり。
昔、長年訪れなかった女が、どうして賢くなかったのだろうか、つまらない人の言葉に従って、他の国に行ってしまった人に送られて、以前見たことのある人の前に出てきて、食べ物を食べさせたりした。
Once upon a time, a woman who had not visited for many years, perhaps she was not very wise, followed the words of a trivial person and was sent to a person who had gone to another country. She appeared before someone she had seen before and offered them food.260 - 2
夜さり、
夜になって、
At night,9 - 3
「このありつる人たまへ」とあるじにいひければ、おこせたりけり。
「この人を呼んでください」と主人に言ったので、呼ばれた。
"Please call this person," he said to the master, and the woman was called.75 - 4
男、「われをばしらずや」とて、
「私をご存じではないかね」と言って、
Saying, 'Do you not know me?'29 - 5
いにしへの/にほひはいづら/桜花/こけるからとも/なりにけるかな
昔の美しい姿はどこへ行ってしまったのだろう、桜の花よ。苔むした枯れ木のようになってしまったなあ。
Where has the beauty of the past gone, cherry blossoms? They have become like withered trees covered in moss.109 - 6
といふを、いとはづかしと思ひて、いらへもせでゐたるを、「などいらへもせぬ」といへば、「涙のこぼるるに目もみえず、ものもいはれず」といふ。
と言うのを、恥ずかしいと思って返事もしないでいたのを、「どうして返事もしないのですか」と言うので、「涙がこぼれて目も見えず、言葉も出ません」と言いました。
Hearing this, she felt very embarrassed and did not respond. When asked why she did not respond, she said, 'Tears are welling up, so I cannot see. I cannot say anything.'170 - 7
これやこの/我にあふみを/のがれつつ/年月経れど/まさりがほなき
これこそ私に逢うのを逃れてきたのでしょう。年月が経ったけれども、以前のまま誇らしげな様子はありませんね。
Is this the one who has been avoiding meeting me? Though many years have passed, there is no longer a proud expression.119 - 8
といひて、衣ぬぎてとらせけれど、捨てて逃げにけり。
と言って、衣服を脱いで渡したが、捨てて逃げてしまった。
Though he said this and took off his robe to give it to her, she discarded it and ran away.91 - 9
いづちいぬらむともしらず。
どこへ行ったのかもわかりませんでした。
The man did not know where she had gone.40
- 63段【つくも髪】
- 1
むかし、世心つける女、いかで心情けあらむ男にあひ得てしがなと思へど、いひいでむもたよりなさに、まことならぬ夢がたりをす。
昔、世間に関心を持っている女性が、どうにかして情け深い男性に巡り会いたいと思うが、打ち明けることもできず、嘘の夢物語を語ります。
Once upon a time, a woman who was interested in worldly matters wanted to somehow meet a kind-hearted man, but since she had no opportunity to express her feelings, she told fictitious tales of dreams.201 - 2
子三人を呼びて語りけり。
子供三人を呼んでその話をしました。
She called three children and told them the story.50 - 3
二人の子は、情けなくいらへてやみぬ。
二人の子どもは、そっけなく返事をして終わりました。
The two children responded coldly and that was the end of it.61 - 4
三郎なりけむ子なむ、「よき御男ぞいで来む」とあはするに、この女けしきいとよし。
三郎という子が「立派な男の人が来るよ」とそそのかすと、この女性の様子はとても良かった。
The child named Saburo said, 'A fine gentleman will come,' and this made the woman very pleased.96 - 5
「こと人とはいと情けなし。いかでこの在五中将にあはせてしがな」と思ふ心あり。
他の人では全く情がない。どうにかしてこの在五中将に会いたいものだと思う気持ちがありました。
The third child thought, 'Other people are not very kind. I want to meet that Fifth-Rank Middle Captain, Zai Go Chujo.'119 - 6
「いかでこの在五中将にあはせてしがな」と思ふ心あり。
「どうにかしてこの在五中将に会いたいものだ」と思う気持ちがありました。
He had a desire to meet the Fifth-Rank Middle Captain.54 - 7
「いかでこの在五中将にあはせてしがな」と思ふ心あり。
「どうにかしてこの在五中将に会いたいものだ」と思う気持ちがありました。
He had a desire to meet the Fifth-Rank Middle Captain.54 - 8
狩しありきけるにいきあひて、道にて馬の口をとりて、「かうかうなむ思ふ」といひければ、あはれがりて、来て寝にけり。
狩りをして歩いているときに出会って、道で馬の口をつかんで、「こうこうと思っています」と言ったので、同情して一緒に寝た。
While out hunting, he met her on the road, took hold of her horse's bridle, and said, 'This is what I am thinking.' Feeling sympathy, she went with him and they slept together.176 - 9
さてのち、男見えざりければ、女、男の家にいきてかいまみけるを、男ほのかに見て、
その後、男が姿を見せなかったので、女は男の家に行って覗き見したところ、男はそれをぼんやりと見て、
Afterwards, when the man did not appear, the woman went to the man's house and peered in. The man noticed her faintly.118 - 10
百年に/一年たらぬ/つくも髪/われを恋ふらし/おもかげに見ゆ
百年に一年足りない長い白髪の老人が私を恋しているらしい。その面影が私の目に浮かぶ。
Though a century has not yet passed, with long white hair, it seems she loves me. Her image appears in my mind.111 - 11
とて、いで立つけしきを見て、うばら、からたちにかかりて、家にきてうちふせり。
そう言って、出かける様子を見て、女は茨や枳殻にひっかかるようにして、家に戻って伏せていた。
Thus, seeing him prepare to leave, she got caught in the reeds and thorny bushes on her way back home, where she lay down in distress.134 - 12
「われをばしらずや」とて、
「私をご存じではないかね」と言って、
Saying, 'Do you not know me?'29 - 13
男、かの女のせしやうに、忍びて立てりて見れば、女嘆きて寝とて、
男は、あの女のしたように、こっそり立って見ていると、女は嘆いて寝ようとして、
The man, imitating what the woman had done, secretly stood and watched. He saw the woman lamenting and lying down to sleep.123 - 14
さむしろに/衣かたしき/今宵もや/恋しき人に/あはでのみ寝む
むしろの上に衣の片袖を敷いて、今夜もまた恋しい人に会えずに寝るだけなのだろうか。
Tonight, again, will I sleep on a straw mat with my clothes as a pillow, without meeting my beloved?100 - 15
とよみけるを、男、あはれと思ひて、その夜は寝にけり。
と詠んだのを、男は、あわれと思って、その夜は寝た。
Hearing this, the man felt sorry for her and slept with her that night.71 - 16
世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬものを、この人は、思ふをも思はぬをも、けぢめみせぬ心なむありける。
世の中の例として、思う相手には思いを寄せ、思わない相手には思いを寄せないものだが、この人は、思う相手にも思わない相手にも区別を見せない心を持っていた。
As is common in the world, one shows affection to those they care for and does not to those they do not. However, this person had a heart that showed no distinction between those they loved and those they did not.213
- 64段【玉簾】
- 1
むかし、男、みそかに語らふわざもせざりせば、いづくなりけむ、あやしさによめる。
昔、男がひそかに恋を語り合うことをしなかったならば、どうなっていたのだろうか、不思議に思って詠んだ。
Once upon a time, a man wondered what would have happened if he had not secretly spoken of love, and composed a poem in his curiosity.134 - 2
吹く風に/わが身をなさば/玉すだれ/ひま求めつつ/入るべきものを
吹く風のように私の身を変えることができたなら、玉のような美しいすだれの隙間を探しながら、あなたのもとへ入っていけるのに。
If only I could transform my body into the blowing wind, I would seek out the gaps in the jeweled blinds and slip through to be with you.137 - 3
返し、
返し、
The reply,10 - 4
とりとめぬ/風にはありとも/玉すだれ/たが許さば/かひ求むべき
取り留めのない風であったとしても玉すだれ誰かが許すなら行こうとするだろう。
Even if I were a fleeting wind, if someone allowed me, I would seek to pass through the jeweled blinds to be with them.119
- 65段【在原なりける男】
- 1
むかし、おほやけ思してつかうたまふ女の、色ゆるされたるありけり。
昔、帝にお仕えしていた女性で、色が許された者がいました。
In the past, there was a woman who served the emperor and was granted permission for a romantic relationship.109 - 2
大御息所とていますがりけるいとこなりけり。
大御息所と呼ばれていた人のいとこであった。
She was a cousin of the lady known as Omiyasunndokoro.54 - 3
殿上にさぶらひける在原なりける男の、まだいと若かりけるを、この女あひしりたりけり。
殿上に仕えていた在原姓の男で、まだとても若かったが、この女性は彼と親しくしていた。
There was a young man of the Ariwara clan who served at the court, and although he was still very young, this woman was acquainted with him.140 - 4
男、女がたゆるされたりければ、女のある所に来てむかひをりければ、
男は、女から誘いを受けたので、女のいる所に来て向かい合って座っていると、
The man, having been invited by the woman, went to where she was and sat facing her.84 - 5
女、「いとかたはなり。身も亡びなむ。かくなせそ」といひければ、
女は、「本当に愚かなことです。身の破滅を招くでしょうよ。こんなことはしてはいけません」と言ったので、
she said "It's truly foolish. We will ruin ourselves. Don't do such a thing."77 - 6
思ふには/しのぶることぞ/まけにける/あふにしかへば/さもあらばあれ
恋しく思う気持ちには、我慢することも負けてしまう。いざ会うとなったら、もうどうにでもなれ。
When I think of you, my efforts to endure are defeated. Now that we can meet, let come what may.96 - 7
といひて、曹司におりたまへれば、例の、このみ曹司には、人の見るをもしらでのぼりゐければ、この女思ひわびて里へゆく。
そう言って、部屋に降りて行かれたので、いつものように、この好んでいる部屋には、人が見ていることも知らずに登って行ったので、この女は思い悩んで里へ帰って行った。
Saying this, he went down to his room. As usual, without knowing that people were watching, he went up to the room he favored. This woman, troubled by her thoughts, went back to her home.187 - 8
されば、なにの、よきこと、と思ひて、いきかよひければ、みな人聞きて笑ひけり。
だから、何が良いことだと思って通っていたのか、皆が聞いて笑った。
Therefore, wondering what good it was, he kept going back and forth, and everyone who heard about it laughed.109 - 9
つとめて主殿司の見るに、沓はとりて奥になげ入れてのぼりぬ。
翌朝、主殿司が見ると、靴を取って奥に投げ入れたまま上がってしまった。
In the morning, when the chief of the palace staff looked, he saw that the shoes had been taken and thrown into the inner room, and someone had gone up.152 - 10
かくかたはにしつつありわたるに、身もいたづらになりぬべければつひに亡びぬべし、とて、
このように見苦しい様子で過ごしているうちに、自分の身も役立たずになってしまいそうだと思われたから、いつかは破滅してしまうに違いないと思って、
Seeing himself in such a state, he thought his life would be in vain and he would eventually perish.100 - 11
この男、「いかにせむ。わがかかる心やめたまへ」と、仏神にも申しけれど、
この男は、「どうすればよいのだろう。私のこのような心をやめさせてください」と仏や神にさえも言ったが、
This man said, "What should I do? Please make me stop feeling this way," even to the Buddha and the gods, but...112 - 12
いやまさりにのみおぼえつつ、なほわりなく恋しうのみおぼえければ、陰陽師、神巫よびて、恋せじといふ祓への具してなむいきける。
ますます恋しさが募るばかりで、やはりどうしようもなく恋しく思われたので、陰陽師と巫女を呼んで、恋を止めるという祓いを行った。
As his feelings of love grew stronger and stronger, and he felt an overwhelming, unmanageable longing, he called upon an onmyoji and a shrine maiden to perform a purification ritual to stop his love.199 - 13
祓へけるままに、いとど悲しきこと数まさりて、ありしよりけに恋しくのみおぼえければ、
ますます恋しさが募るばかりで、やはりどうしようもなく恋しく思ったので、陰陽師と巫女を呼んで、恋を止めるという祓いの儀式を行った。
As his feelings of love grew stronger and stronger, and he felt an overwhelming, unmanageable longing, he called upon an onmyoji and a shrine maiden to perform a purification ritual to stop his love.199 - 14
恋せじと/みたらし河に/せしみそぎ/神はうけずも/なりにけるかな
恋をしないようにと、みたらし川で行った禊(みそぎ)を、神は受け入れてくれなかったようだ。
Though I performed a purification ritual in the Mitarashi River to stop loving, it seems the gods did not accept it.116 - 15
といひてなむいにける。
そう言って、帰っていった。
Saying this, he left.21 - 16
この帝は顔かたちよくおはしまして、仏の御名を、御心に入れて、御声はいと尊くて申したまふを聞きて、女はいたう泣きけり。
この帝は容貌が美しく、仏の名前を心に込めて、非常に尊い声で唱えられるのを聞いて、女はひどく泣いた。
This emperor was handsome in appearance, and hearing him chant the name of the Buddha with deep devotion and a profoundly reverent voice, the woman wept greatly.161 - 17
「かかる君に仕うまつらで、宿世つたなく悲しきこと、この男にほだされて」とてなむ泣きける。
「このような立派な君にお仕えできず、宿命が悪くて悲しいことだ。この男に心を縛られて」と言って泣いたのです。
She said, "It is so sad that I cannot serve such a noble lord because of my unfortunate fate, being bound to this man," and she wept.133 - 18
かかるほどに帝聞しめして、この男をば流しつかはしてければ、この女のいとこの御息所、女をばまかでさせて、蔵にこめてしをりたまうければ、蔵にこもりて泣く。
こうしているうちに帝がこれを聞き、この男を流刑にしてしまったので、この女のいとこである御息所が、女を退出させて蔵に閉じ込めてしまったので、女は蔵にこもって泣いた。
In the meantime, the emperor heard of this and exiled the man. Consequently, the lady's cousin, who was the consort, had her leave and confined her in a storehouse, where she wept in seclusion.193 - 19
あまの刈る/藻にすむ虫の/われからと/音をこそ泣なかめ/世をば恨みじ
漁師が刈る藻に住む虫のように、自らのせいで泣くのだ。世の中を恨むことはしない。
Like the insects living in the seaweed that the fisherman cuts, I cry out on my own accord. I will not resent the world.120 - 20
と泣きをれば、この男、人の国より夜ごとに来つつ、笛をいとおもしろく吹きて、声はをしうてぞ、あはれにうたひける。
と泣いていると、この男は、他国から毎晩やって来て、笛をとても面白く吹き、声は哀れにして歌った。
As she cried, this man came from another country every night, playing the flute beautifully and singing sorrowfully with a resonant voice.138 - 21
かかれば、この女は蔵にこもりながら、それにぞあなるとは聞けど、あひ見るべきにもあらでなむありける。
そういうわけで、この女は蔵に閉じこもりながら、彼がそれであるとは聞いていたが、会うことができないでいた。
Therefore, while the woman stayed confined in the storehouse, she heard that it was indeed him, but she remained unable to meet him.132 - 22
さりともと/思ふらむこそ/悲しけれ/あるにもあらぬ/身をしらずして
そうであってもと思っているのが悲しいことだ。生きる屍である自分を知らずに。
It is sad indeed to think that it might be so, not knowing that I am a mere shadow of my former self.101 - 23
と思ひをり。
と女は思っている。
And so she thought.19 - 24
男は、女しあはねば、かくし歩きつつ、人の国に歩きて、かくうたふ。
男は、女に会うことができず、このように歩き回りながら、他国に行って、このように歌う。
The man, unable to meet the woman, wandered around like this, traveled to other countries, and sang in this manner.115 - 25
いたづらに/ゆきては来ぬる/ものゆゑに/見まくほしさに/いざなはれつつ
無駄に 行っては戻ってくる ものだから 会いたい気持ちに 誘われ続けます。
In vain, I go and come back again and again, driven by the longing to see you once more.88 - 26
水の尾の御時なるべし。
清和天皇の御時のことであろう。
This must have been during the reign of Emperor Seiwa.54 - 27
大御息所も染殿の后なり。
大御息所という方も染殿の后です。
Lady Omiyasundokoro is also the consort of Emperor Koretaka.60 - 28
五条の后とも。
五条の后とも。
She is also said to be the consort of Emperor Gojo.51
- 66段【みつの浦】
- 1
昔、男、津の国に知る所ありけるに、兄、弟、友達ひきゐて、難波の方に行きけり。
昔、男が津の国に知り合いがいたので、兄弟友達を連れて、難波の方に行った。
Once upon a time, since a man had acquaintances in the province of Tsu, he took his older brother, younger brother, and friends with him and went towards Naniwa.161 - 2
渚を見れば、舟どものあるを見て、
なぎさを見れば、舟などがあるので、それを見て、
When he looked at the shore, he saw boats and the like.55 - 3
難波津を/けさこそみつの/浦ごとに/これやこの世を/海わたる舟
難波津を今朝見たのですが、浦ごとに、これは、この世を海を渡る舟ですね
At Naniwa Harbor, I saw it this morning, each bay, is it this world, a boat crossing the sea?93 - 4
これをあはれがりて、(人々:ひとびと)(帰:かへ)りにけり。
これをしみじみと感じて、人々は帰っていきました。
Moved by this, the people returned home.40
- 67段【花の林】
- 1
むかし、男、逍遥しに、思ひど親いつらねて、和泉の国へ如月ばかりにいきにけり。
昔、ある男が気晴らしに、親しい友人たちと一緒に、如月(2月)頃に和泉の国へ行った。
Once upon a time, a man went to the Province of Izumi in February with his close friends to enjoy a leisurely stroll.117 - 2
河内の国生駒山を見れば、曇りみ晴れみ、たちゐる雲やまず。
河内の国の生駒山を見ると、曇ったり晴れたりして、立ち込める雲が絶え間なく続いている。
When he looked at Mount Ikoma in Kawachi Province, the clouds were constantly changing, sometimes covering the mountain and sometimes clearing up.146 - 3
あしたより曇りて、ひる晴れたり。
朝から曇って、昼晴れた。
It was cloudy in the morning and sunny at noon.47 - 4
雪いと白う木の末に降りたり。
雪がとても白く梢に降っています。
Snow fell very white on the treetops.37 - 5
それを見て、かのゆく人のなかにたゞ一人よみける。
それを見て、あの行く人の中でただ一人詠んだ。
Seeing that, one person among those who were passing by recited a poem.71 - 6
昨日けふ/雲のたちまひ/かくろふは/花のはやしを/憂しとなりけり
昨日今日と雲が立ちこめて隠しているので花の林がつまらないものになってしまいました。
Yesterday and today, the clouds danced and hid the view, making the grove of flowers seem melancholic.102
- 68段【住吉の浜】
- 1
むかし、男、和泉の国へいきにけり。
昔、男が和泉の国へ行きました。
Once upon a time, a man went to the Province of Izumi.54 - 2
住吉の郡、住吉の里、住吉の浜を行くに、いとおもしろければ、降りゐつゝ行く。
住吉の郡、住吉の里、住吉の浜とても風景が趣深く思われたので、降りて腰を下ろしながら行く。
When he went to Sumiyoshi District, Sumiyoshi Village, and Sumiyoshi Beach, he found the scenery so delightful that he dismounted and continued on foot, sitting down occasionally.179 - 3
ある人が「住吉の浜と詠め」と言ふ。
ある人が、「住吉の浜と詠め」と言った。
A person said, "Compose a poem about Sumiyoshi Beach."54 - 4
雁鳴きて/菊の花さく/秋はあれど/春のうみべに/住吉の浜
雁が鳴き、菊の花が咲く秋ではあるが、春のような海辺にある住吉の浜。
Though it is autumn with geese crying and chrysanthemums blooming, Sumiyoshi Beach feels like a seaside in spring.114 - 5
と詠めりければ、みな人々詠まずなりにけり。
と詠んだので、みな人々は詠まなくなってしまった。
After he recited it, everyone stopped composing poems.54
- 69段【狩の使】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいた。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
その男、伊勢の国に狩の使いにいきけるに、かの伊勢の斎宮なりける人の親、「常の使よりは、この人、よくいたはれ」といひやれりければ、親のことなりければ、いと懇にいたはりけり。
その男が伊勢の国に狩の使いに行ったとき、伊勢の斎宮だった人の親が、「常の使者よりも、この人をよくもてなしてほしい」と言ってくれたので、その親の頼みで、とても丁寧にもてなされました。
When the man went to Ise Province as an envoy for a hunt, the parent of the person who had been the Ise shrine maiden said, "Please treat this person better than usual." Because it was a request from someone important, he was treated with great courtesy.254 - 3
朝には狩にいだし立ててやり、夕さりは帰りつゝそこに来させけり。
朝には狩りに送り出し、夕方には帰り道に立ち寄らせた。
In the morning, she sent him out on a hunting mission, and in the evening, she had him stop by on his way back.111 - 4
かくて懇にいたづきけり。
こうして、丁寧にお世話しました。
And so, she took great care of him.35 - 5
二日といふ夜、男、われて「あはむ」といふ。
二日の夜、男が「どうしても会いたい」と言いました。
On the night of the second day, the man said, "I really want to see you."73 - 6
女もはた、いと逢はじとも思へらず。
女性もまた、どうしても会いたくないとは思っていませんでした。
The woman, too, did not think she absolutely did not want to meet.66 - 7
されど、人目しげければ逢はず。
しかし、人目が多いため、会うことはなかった。
However, because there were many people around, they did not meet.66 - 8
使実とある人なれば、遠くも宿さず。
男は正使として来ている人だから、離れた場所にも泊めない。
Since the man is here as an official envoy, he does not stay overnight in distant places.89 - 9
女の寝屋近くありければ、女、人をしづめて、子一つばかりに、男のもとに来たりけり。
女の寝室が近くにあったので、女は人を静かにして、子供を一人連れて男のもとにやってきた。
Since the bedroom of the woman was close by, she quietly brought her child to the man.86 - 10
男はた寝らざりければ、外の方を見いだして臥せるに、月のおぼろなるに、小さき童を先に立てて、人立てり。
男は寝られなかったので、外の方を見つめて横になり、月の薄明かりの中で、小さな子供を先に立たせて人立てをした。
Unable to sleep, the man lay down facing the outside, and in the dim light of the moon, he stood a small child in front of him.127 - 11
男いとうれしくて我が寝る所に、率ていり、子一つより丑三つまであるに、まだ何事も語らはぬに、帰りにけり。
男が非常に嬉しく思って、自分の寝所に連れてきた。子の時刻から丑三つ時までいたが、まだ何も話さないうちに、帰ってしまった。
The man, feeling very pleased, brought [them] to his sleeping quarters. They stayed from the time of the child’s hour until the third watch of the night, but before any conversation could take place, they left.212 - 12
男いと悲しくて、寝ずなりにけり。
男は非常に悲しくて、寝られなかった。
The man was so sad that he could not sleep.43 - 13
つとめていぶかしけれど、わが人をやるべきにしもあらねば、いと心もとなくて待ちをれば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより言葉はなくて、
朝早くから気になっていましたが、私が彼女に使いをやるべきとも言えないので、とても気がかりに思いながら待っていると、夜が明けてしばらくした時に、彼女から言葉はなくて、
Although I was anxious early in the morning, it was not necessarily my place to send a message to her. So, I waited with a restless heart, and as dawn fully broke and some time passed, there were no words from the woman.220 - 14
君やこし/我や行きけむ/おもほえず/夢かうつゝか/寝てか醒めてか
君が来るか、私が行くか、思いもせず、夢か現か、寝ているのか、覚めているのか。
Will you come, or shall I go? Without a thought, is this a dream or reality? Am I asleep or awake?98 - 15
男いといたう泣きてよめる。
男はひどく泣いて詠みました。
The man sang while crying in great sorrow.42 - 16
かきくらす/心の闇に/まどひにき/夢現とは/こよひ定めよ
心を覆い尽くす暗い気持ちに迷ってしまい、これは夢なのか現実なのか、今夜決めてください。
In the darkness that engulfs my heart, I have become lost. Is this a dream or reality? Please decide tonight.109 - 17
とよみてやりて、狩に出でぬ。
詠んで送ってから、狩りに出かけた。
After having sung and sending it, he went out hunting.54 - 18
野にありけれど心はそらにて、こよひだに人しづめて、いととく逢はむと思ふに、国守、斎宮のかみかけたる、狩の使ありと聞きて、夜ひと夜酒飲みしければ、もはら逢ひごともえせで、明けば尾張の国へたちなむとすれば、男も人知れず血の涙を流せどもえあはず。
野にいながらも心は遠くにあり、今夜だけでも人が寝静まってから早くにも逢おうと思っていると、国の守、斎宮の守である人が、「狩りの使いが来ている」と聞いて、夜一晩中、酒宴を催したので、まったく逢うこともできず、明ければ尾張の国へ立ち去る予定なので、男も人知れず血の涙を流しても、逢えない。
Although he was in the field, his heart was elsewhere, and he thought, "I want to meet her tonight, even if just for a moment, after everyone has gone to bed." When he heard that the governor of the country, who was also the guardian of the Ise Shrine, had sent a hunter's messenger, he held a drinking party all night. But he could not meet her, and when morning came, he was to leave for Owari Province. Although he shed tears in secret, he could not meet her.462 - 19
夜やうやう明けなむとするほどに、女方よりいだすさかづきの皿に、歌を書きていだしたり。
夜がだんだん明けようとする頃、女の方から差し出された杯の皿に、歌を書いて戻しました。
As the night gradually turned to dawn, he wrote a poem on the dish that had been sent by the woman and returned it.115 - 20
とりて見れば、
取って見ると、
When she took it and looked at it,34 - 21
かち人の/渡れどぬれぬ/江にしあれば
歩いて渡っても濡れない江なので、
Even if crossing the river by walk, one does not get wet,57 - 22
と書きて、末はなし、
と書いて、下の句はない。
and he wrote it, but the concluding verse was missing.54 - 23
そのさかづきの皿に、続松の炭して歌の末を書きつぐ。
その杯の皿に、続松の炭を使って、歌の末を書き継ぎました。
On the sake dish, he continued writing the concluding verse with charcoal from a pine torch.92 - 24
またあふさかの/関は越えなむ
また逢坂の関を越えるでしょう。
I will cross the Osaka Pass again.34 - 25
とて、明くれば、尾張に国へ越えにけり。
そして、明けると尾張の国へ越えて行ってしまいました。
After singing this poem, when dawn broke, he crossed over to the province of Owari.83 - 26
斎宮は水の尾の御時、文徳天皇の御むすめ、惟喬の親王の妹。
斎宮は水尾の帝(みずのおのみかど)の時代に仕えた、文徳天皇の娘であり、惟喬親王の妹です。
The Saigu (vestal virgin serving at Ise Shrine) served during the reign of Emperor Mizuo, and she was the daughter of Emperor Montoku and the younger sister of Prince Koretaka.176
- 70段【あまの釣船】
- 1
むかし、男、狩の使より帰り来けるに、大淀のわたりに宿りて、斎宮のわらはべにいひかけける。
昔、ある男が狩りの使いから帰ってくる途中、大淀の渡しで宿を取って、斎宮に仕える子供たちに声をかけました。
Once upon a time, a man was returning from a hunting expedition and, while staying at the Ooyodo crossing, spoke to the attendants serving the Saigu (the Ise Priestess).169 - 2
みるめかる/かたやいづこぞ/棹さして/われに教へよ/あまの釣舟
海松布を刈る人よ、どこかを棹さして私に教えてください、釣り船の漁師さん。
Where does the "seaweed" grow, and you who possess the "eyes that see" clearly, row your boat over here and tell me, O fisherman's boat.136
- 71段【神のいがき】
- 1
むかし、男、伊勢の斎宮に、内の御使にて、まゐれりければ、かの宮にすきごといひける女、私事にて、
昔、男が伊勢の斎宮で内の御使いとして仕えていたので、そこに色事を言う女が、私事で、
Once upon a time, a man served as an official messenger at the Ise Shrine, and there was a woman who spoke of romantic matters there for personal reasons.154 - 2
ちはやぶる/神のいがきも/越えぬべし/大宮人の/見まくほしさに
宮廷の垣根も越えてしまいそうです。宮廷のあなたにお会いしたくて。
I feel as if I might even surpass the court's barriers, just to meet you, the courtier.87 - 3
男、
男は、
The man replied,16 - 4
恋しくは/来ても見よかし/ちはやぶる/神のいさなむ/道ならなくに
恋しいなら、来て逢ってください。神が守っている道ではありませんから。
If you miss me, please come and meet me, for this is not a path guarded by the gods.84
- 72段【大淀の松】
- 1
むかし、男、伊勢の国なりける女、又、えあはで、隣の国へいくとて、いみじう怨みければ、女、
昔、男が、伊勢の国にいた女に、また逢えないまま、隣の国へ行くというので、ひどく恨めしくしているので、女が、
Once upon a time, a man could not again meet a woman who lived in Ise Province, and heard that she was going to the neighboring country, so he could not bear. Then the woman sang ..,182 - 2
大淀の/松はつらくも/あらなくに/うらみてのみも/かへる波かな
大淀の松が辛いものではないのに、ただ恨みだけが波のように変わっていきますよ。
The pines of Ooyodo are not sorrowful, yet it is only my resentment that changes like the returning waves.106
- 73段【月のうちの桂】
- 1
むかし、そこにはありと聞けど、せうそこをだにいふべくもあらぬ女のあたりを思ひける。
昔、そこにいると聞いたが、便りさえもできない女のことを思い、男がこのように詠んだ。
Once up on a time, a man heard that she was there, thinking of a woman who cannot even send a message, and sang this poem.122 - 2
目には見て/手にはとられぬ/月のうちの/桂の如き/君にぞありける
目には見て手には取れない月の中の桂のようなあなたでいらっしゃいますね。
You are like the katsura tree in the moon, visible to the eyes but unattainable to the hands.93
- 74段【重なる山】
- 1
むかし、男、女をいたう怨みて、
昔、男が、女を恨んで、
Once upon a time, a man was deeply resentful of a woman and ...63 - 2
岩根ふみ/かさなる山に/あらねども/逢はぬ日おほく/恋ひわたるかな
固い岩を踏むような険しい山にいるわけではないけれど、会えない日が多く、ずっと恋しく思い続けています。
I do not tread on hard rocks or climb over steep mountains, yet the days we do not meet are many, and I find myself constantly longing for you.143
- 75段【海松】
- 1
むかし、男、「伊勢の国に率ていきてあらむ」といひければ、女、
昔、男が、「伊勢の国にあなたを連れて行って、そこに住もう」と言ったので、女が、
Once upon a time, a man said, "I will take you to Ise Province and live there," and a woman ...95 - 2
大淀の/浜に生ふてふ/みるからに/心はなぎぬ/かたらはねども
大淀の浜に生えるという海松布のように、見るだけで心が穏やかになります。何も語りませんが。
Like the seaweed said to grow on the shores of Oyodo, just seeing it calms my heart, even though we exchange no words.118 - 3
といひて、ましてつれなかりければ、男、
と言って、さらに冷淡であったので、男が、
and she sang it, and since she was even more indifferent, the man ...69 - 4
袖ぬれて/あまの刈りほす/わたつ海の/みるを逢ふにて/やまんとやする
袖を濡らして、海女が刈り取った海藻を干す、広い海で、あなたに会うことで私の恋心が終わるのでしょうか。
My sleeves wet as the fisherwomen harvest and dry seaweed by the vast sea, will my longing end simply by meeting you?117 - 5
女、
女は、
she sang, ...13 - 6
岩間より/生ふるみるめし/つれなくは/しほ干しほ満ちかひもありなむ
岩間から生えている海松布は、冷淡なもので、潮干潮満ちも甲斐のあるでしょう。
The seaweed growing between the rocks, if it is indifferent, then the ebbing and flowing of the tides would have some meaning.126 - 7
また男、
また、男が、
Again, he sang, ...19 - 8
涙にぞ/ぬれつゝしぼる/世の人の/つらき心は/袖のしづくか
涙で濡らしながら絞る、この世の人々の冷たい心は、まるで袖のしずくのようです。
Wringing out the tears, the cold hearts of the people in this world are just like the drops from my sleeves.108 - 9
世にあふことかたき女になむ。
世に生きることが難しい女性です。
She is a woman for whom living in this world is difficult.58
- 76段【小塩の山】
- 1
むかし、二条の后の、まだ春宮の御息所と申しける時、氏神にまうで給ひけるに、近衛府にさぶらひける翁、人々の禄たまはるついでに、御車より給はりて、よみて奉りける。
昔、二条の后が、まだ春宮の御息所と呼ばれていた時に、氏神にお参りなさった際、近衛府に仕えていた翁が、人々が禄をいただくついでに、御車からいただいて、和歌を詠んで差し上げた。
Once upon a time, when the Empress of Nijo was still referred to as the consort of the Crown Prince, she visited the tutelary shrine. An old man serving in the Imperial Guard, following others who received gifts, was given something from her carriage and composed a poem to present to her.289 - 2
大原や/をしほの山も/今日こそは/神代のことも/思ひいづらめ
大原や、をしほの山も、今日はきっと神代の出来事を思い出すことでしょう。
Ohara and Oshio Mountain, today surely, will recall the events of the age of the gods.86 - 3
とて、心にもかなしと思ひけむ、いかが思ひけむ、知らずかし。
といって、心にも悲しいと思ったのでしょうか、どう思ったのでしょうか、はわかりません。
And so, did they think it was sad in their heart? What did they think? It is unknown.85
- 77段【春の別れ】
- 1
むかし、田村の帝と申す帝おはしましけり。
昔、田村の帝と申す帝がいらっしゃいました。
Once upon a time, there was an emperor known as the Emperor of Tamura.70 - 2
その時の女御、多賀幾子と申すみまそかりけり。
その時の女御は、多賀幾子と申しました。
The consort at that time was called Taga Kiko.46 - 3
それ失せ給ひて、安祥寺にて、みわざしけり。
その後、亡くなり、安祥寺で法要が行われました。
After that, she passed away, and a memorial service was held at Anshoji Temple.79 - 4
人々さゝげもの奉りけり。
人々が捧げ物を奉りました。
People offered up their gifts.30 - 5
奉りあつめたるもの千棒ばかりあり。
奉り集めたものは千本ばかりでした。
There were about a thousand offerings collected.48 - 6
そこばくのさゝげものを木の枝につけて堂の前にたてたれば、山もさらに堂の前にうごき出でたるやうに見えける。
多くの捧げ物を木の枝につけて堂の前に立てると、山も堂の前に動き出したように見える。
When the offerings were placed on the branches in front of the hall, the mountains seemed to move out in front of the hall.123 - 7
それを、右大将にいまそかりける藤原常行と申すいまそかりて、講の終るほどに、歌を詠む人々を召しあつめて、けふのみわざを題にて、春の心ばへある歌を奉らせ給ふ。
それを、右大将でいらっしゃった藤原常行という方が、講が終わる頃に、歌を詠む人々をお呼び集めになり、今日の行事を題にして、春の趣のある歌を詠ませてお捧げになりました。
Fujiwara no Tsuneyuki, who was the Captain of the Right Guards, gathered poets as the lecture was coming to an end, and had them sing poems with the theme of today's event, presenting verses that captured the essence of spring.227 - 8
右の馬頭なりける翁、目はたがひながらよみける。
右の馬頭の翁は、見間違いながらも詠んだ。
The old man who was the Captain of the Right Horses, though misseeing, sang a poem.83 - 9
山のみな/うつりて今日に/逢ふことは/春の別れを/とふとなるべし
山々が移り動いて今日会うことは、春の別れを惜しむことでしょう。
The mountains shift and move, and meeting today will be a moment to lament the parting of spring.97 - 10
と詠みたるを、いま見ればよくもあらざり。
と詠んだのを、今見るとあまり良くはありませんでした。
He sang it, but now that I see it, it was not very good.56 - 11
そのかみはこれやまさりけむ、あはれがりけり。
当時はこれが勝っていたのだろうか、感動していた。
At that time, was this considered superior? It moved them deeply.65
- 78段【山科の宮】
- 1
むかし、多賀幾子と申す女御おはしましけり。
昔、多賀幾子という女御がいらっしゃいました。
Once upon a time, there was a consort named Taga Kiko.54 - 2
失せ給ひて、なゝ七日のみわざ安祥寺にてしけり。
その後、亡くなり、四十九日の法要が安祥寺で行われました。
Afterwards, they passed away, and the 49th-day memorial service was held at Anshoji Temple.91 - 3
右大将藤原常行といふ人いまそかりけり。
右大将藤原常行という方がいらっしゃいました。
There was a person named Fujiwara no Tsuneyuki, who was the Captain of the Right Guards.88 - 4
そのみわざにまうで給ひてかへさに、山科の禅師の親王おはします、その山科の宮に、滝落し、水走らせなどして、おもしろく造られたるに、まうで給うて、
その法要に参詣して帰る途中、山科の禅師の親王がおいでになり、山科の宮に、滝を落とし、水を走らせるなどして、おもしろく造られたところに参詣して、
On the way back from attending the memorial service, Prince Zenji of Yamashina came along and visited the Yamashina Palace, where he enjoyed the beautifully constructed features, such as the waterfall and flowing water.219 - 5
「年ごろよそにはつかうまつれど、近くはいまだつかう間つらず。
「長年、遠方で仕えておりますが、近くで仕えているわけではありません。
I have served from afar for many years, but I have not yet served nearby.73 - 6
こよひはこゝにさぶらはむ」と申し給ふ。
「今宵はここに泊まりましょう」と申し上げました。
He said, 'Tonight, I will stay here.'37 - 7
親王よろこび給うて、夜のおましの設けさせ給ふ。
親王はお喜びになり、夜のお座席を設けさせなさった。
The prince was pleased and had a night banquet arranged.56 - 8
さるに、かの大将出でてたばかり給ふやう、
すると、あの大将が出てきて、計画をお立てになるようにと、
And so, the general came out and devised a plan.48 - 9
「宮仕への初めに、たゞなほやはあるべき。
「宮仕えの初めに、ただこれといってすることもなくてよいものか。
At the beginning of serving at the palace, should there not be something to do?79 - 10
三条の大行幸せし時、紀の国の千里の浜にありける、いとおもしろき石奉れりき。
三条の大行幸があった時、紀の国の千里の浜に、とても趣のある石が献上されました。
At the time of the grand procession of Sanjo, a very interesting stone was presented at the beach of Senri in the Kii Province.127 - 11
大行幸ののち奉れりしかば、ある人の御曹司のまへに溝にすゑたりしを、島好む君なり、この石を奉らむ」
大行幸の後に献上されたので、ある人の御曹司の前の溝に据えられ、島を好む宮様のことですから、この石を献上しましょう」
After the grand procession, the stone was presented and placed in the ditch in front of the mansion of a certain person's son. Since the lord loves islands, I shall offer this stone to him.189 - 12
とのたまひて、御随身、舎人してとりにつかはす。
そうおっしゃって、御随身と舎人に命じて、それを取りに行かせた。
With those words, he commanded his attendants and servants to go and retrieve it.81 - 13
いくばくもなくて持てきぬ。
いくらもたたぬうちに持って来ました。
It was brought back shortly.28 - 14
この石聞きしよりは見るはまされり。
この石は、聞いていた以上に、実際に見ると素晴らしいものでした。
This stone was even more wonderful when seen than I had heard.62 - 15
「これをたゞに奉らばすゞろなるべし」とて、人々に歌よませ給ふ。
「これをただに奉れば、つまらないだろう」とお思いになり、人々に歌を詠ませました。
He thought, "If I just offer this, it will be boring," and had the people sing a song.86 - 16
右馬頭なりける人のをなむ、青き苔をきざみて蒔絵のかたに、この歌をつけて奉りける。
右馬頭であった人が、青い苔を刻んで蒔絵の形にし、この歌を添えてお捧げしました。
The person who was the Captain of the Right Horses carved blue moss into the shape of a maki-e design and offered it along with this poem.138 - 17
あかねども/岩にぞかふる/色見えぬ/心を見せむ/よしのなければ
飽きることはありませんが、岩に代わる色は見えません。心を見せる手段がないのですから。
Though I never tire of it, the color that replaces the rock is unseen. There is no way to show my heart.104 - 18
となむよめりける。
と詠みました。
He sang it.11
- 79段【千ひろあるかげ】
- 1
むかし、氏のなかに、親王生まれ給へりけり。
昔、在原氏の中に親王が生まれました。
Once upon a time, a prince was born in the Ariwara Uji clan.60 - 2
御産屋に人々歌詠みけり。
御産屋で人々が歌を詠みました。
People sang at the birth house.31 - 3
御祖父がたなりける翁のよめる。
親王のお祖父様側の翁が詠みました。
The old grandfather on the prince's side sang.46 - 4
我が門に/千尋ある陰を/植えゑつれば/夏冬たれか/隠れざるべき
私の家の門の前に、千尋もの深い影を作る木を植えたのだから、夏でも冬でも、誰が隠れないでいられるだろうか。
I planted a tree at my gate that casts a deep shadow, reaching a thousand fathoms. In such a shadow, who could possibly remain unseen, whether in summer or winter?163 - 5
これは貞数の親王。
これは貞数の親王です。
This is Prince Sadakazu.24 - 6
時の人、中将の子となむいひける。
当時の人々は、中将の子であると言い伝えていた。
At that time, it was said that he was the son of the Middle General.68 - 7
兄の中納言行平のむすめの腹なり。
兄の中納言行平の娘の腹に生まれた親王である。
He was born to the daughter of his elder brother, the Middle Counselor Yukihira.80
- 80段【おとろへたる家】
- 1
むかし、おとろへたる家に、藤の花植ゑたる人ありけり。
昔、衰えた家に、藤の花を植えた人がいました。
Once upon a time, there was a person who planted wisteria flowers in a dilapidated house.89 - 2
やよひのつごもりに、その日雨そぼふるに、人のもとへ折りて奉らすとて、よめる。
三月の末に、その日雨がしとしと降る中、人のもとへ藤の花を折って使いの者に献上させようとして、詠みました。
At the end of March, on a rainy day, the person picked wisteria flowers and composed a poem to present them to someone.119 - 3
ぬれつゝぞ/しひて折りつる/年のうちに/春はいくかも/あらじと思へば
雨に濡れながらも、この花を折り取りました。今年のうちに、春はあと幾日もあるまいと思いました。
I picked these flowers while getting wet in the rain. I thought that there might not be many days left of spring this year.123
- 81段【塩竃】
- 1
むかし、左のおほいまうちぎみいまそがりけり。
昔、左大臣がいらっしゃいました。
Once upon a time, there was a left minister.44 - 2
賀茂河のほとりに、六条わたりに、家をいとおもしろく造りて、すみたまひけり。
賀茂川のほとりに、六条あたりに、家をとても趣深く造って、お住まいになりました。
He built a very interesting house near the Kamogawa River, around Rokujyo, and lived there.91 - 3
十月のつごもりがた、菊の花うつろひさかりなるに、もみぢのちぐさに見ゆるをり、親王たちおはしまさせて、夜ひと夜、酒飲みし遊びて、夜明けもてゆくほどに、この殿のおもしろきをほむる歌よむ。
十月の末頃、菊の花が色あせて盛りを過ぎた時期に、紅葉の色々な種類が見える折に、親王たちがお越しになり、一晩中酒を飲んで遊び、夜明けに近づく頃に、この殿の風雅を称賛する歌を詠んだ。
Towards the end of October, when the chrysanthemums were fading and had passed their peak, and the various hues of autumn leaves could be seen, the princes arrived, and as they drank and played throughout the night, they sang songs praising the elegance of this lord's residence as dawn approached.298 - 4
そこにありけるかたゐおきな板敷のしたにはひ歩きて、人にみなよませはててよめる。
そこにいたこじきの老人が、板敷の下を這い回り、人々にすべて和歌を詠ませてから、自分で詠んだ。
A beggar who was there crawled under the wooden flooring, and after having everyone recite their poems, he composed his own.124 - 5
塩竃に/いつか来にけむ/朝なぎに/釣する船は/ここによらなむ
塩釜にいつの間に来たのだろうか。朝の静かな海で釣りをしている船は、どうかこちらに寄ってほしい。
When did I arrive at Shiogama? The fishing boat on the calm morning sea. please, come closer here.98 - 6
となむよみけるは。
と詠みました。
He sang it.11 - 7
陸奥の国にいきたりけるに、あやしくおもしろき所々多かりけり。
陸奥の国に行ったところ、不思議で趣のある場所がたくさんありました。
When he went to the province of Mutsu, he found many mysterious and charming places.84 - 8
わがみかど六十余国のなかに、塩竃といふ所に似たる所なかりけり。
わが御門の六十余国の中に、塩竃という所に似た場所はありませんでした。
Among the sixty-odd provinces of my country, there was no place that resembled Shiogama.88 - 9
さればなむ、かのおきな、さらにここをめでて、塩竃にいつか来にけむとよめりける。
だからこそ、あの老人は、さらにこの場所を称賛して、「塩竃にいつの間に来てしまったのだろうか」と詠んだのだ。
That is why the old man praised this place even more and composed the poem, "I did not realize that I had arrived at Shiogama."127
- 82段【渚の院】
- 1
むかし、惟喬の親王と申すみこおはしましけり。
昔、惟喬の親王という皇子がいらっしゃいました。
Once upon a time, there was a prince named Koretaka.52 - 2
山崎のあなたに、水無瀬といふ所に、宮ありけり。
山崎の向こう、水無瀬というところに宮がありました。
On the other side of Yamazaki, there was a palace at Minase.60 - 3
年ごとの桜の花ざかりには、その宮へなむおはしましける。
毎年、桜の花が満開には、その宮にお出かけになりました。
During the peak of the cherry blossoms each year, he would go to that palace.77 - 4
その時、右の馬の頭なりける人を、常に率ておはしましけり。
その時、右馬の頭であった人を、いつも連れてお出かけになりました。
At that time, he would always take the person who was the Right Captain of the Horse with him.94 - 5
時世経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。
時が経ち、久しくなって、その人の名前を忘れてしまいました。
As time passed, I forgot the name of that person.49 - 6
狩はねむごろにもせで、酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。
狩りは熱心にせず、ただ酒ばかり飲んで、和歌を詠むことに夢中になっていた。
He did not hunt with much enthusiasm; instead, he spent his time drinking sake and immersing himself in singing Japanese poems.127 - 7
いま狩する交野の渚の家、その院の桜、ことにおもしろし。
今、狩りをしている交野の渚の家、その院の桜が特に美しい。
The house by the shore in Katano, where they are hunting now, has especially beautiful cherry blossoms in its garden.117 - 8
その木のもとにおりゐて、枝を折りて、かざしにさして、かみ、なか、しも、みな歌よみけり。
その木の下に座って、枝を折り取って、かざしにさして、上の人も、中の人も、下の人も、みんな歌を詠みました。
They sat under the tree, broke off a branch, placed it in their hair as an ornament, and everyone—high-ranking, middle, and low—composed poems.147 - 9
馬の頭なりける人のよめる。
馬の頭だった人が詠みました。
The person who was the Right Captain of the Horse sang the following poem.74 - 10
世の中に/たえてさくらの/なかりせば/春の心は/のどけからまし
この世にまったく桜がなかったならば、春の心はもっと穏やかであっただろうに。
If there were no cherry blossoms in the world, the heart in spring would have been more at peace.97 - 11
となむよみたりける。
と詠みました。
He sang it.11 - 12
また人の歌、
また、人の歌、
Another person's poem,22 - 13
散ればこそ/いとど桜は/めでたけれ/憂き世になにか/久しかるべき
散るからこそ、いっそう桜は美しいのだ。この辛い世の中で、何が長く続くだろうか、いや、何も続かない。
It is because they fall that cherry blossoms are even more beautiful. In this sorrowful world, what could possibly last long? Nothing, indeed.142 - 14
とて、その木のもとは立ちてかへるに日暮になりぬ。
そう言って、その木の下を発って帰ると、日が暮れてしまった。
Saying that, they departed from under the tree and returned home, but by then, it had become evening.101 - 15
御供なる人、酒をもたせて、野よりいで来たり。
お供の人が、酒を誰かに持たせて野から出てきました。
The attendant had someone carry the sake and came out of the field.67 - 16
この酒を飲みてむとて、よき所を求めゆくに、天の河といふ所にいたりぬ。
この酒を飲もうと言って、良い場所を探しながらいくと、天の河という所に着きました。
They were looking for a good place to drink the sake, and as they continued their search, they arrived at a place called "Amanokawa."133 - 17
親王に馬の頭、大御酒まゐる。
親王に馬の頭が、大御酒を参りました。
The Right Captain of the Horse brought the sake to the prince.62 - 18
親王ののたまひける、「交野を狩りて、天の河のほとりにいたる、を題にて、歌よみて盃はさせ」とのたまうければ、かの馬の頭よみて奉りける。
親王が仰せになって、「交野を狩って、天の河のほとりにたどり着いた、という題で歌を詠んで杯を進めなさい」と仰せられたので、あの馬の頭が歌を詠んで献上しました。
The prince said, "Compose a poem with the theme of hunting in Katano and arriving at the bank of the Amanokawa River, and then offer the cup." So, the Right Captain of the Horse composed a poem and presented it.211 - 19
狩りくらし/たなばたつめに/宿からむ/天の河原に/われは来にけり
狩り暮らしたなばたつめに宿を借りようとして、天の河原に私は来た。
Having spent the day hunting, I will ask the weaver for lodging tonight. I have come to the bank of the Amanokawa River.120 - 20
親王、歌をかへすがへす誦じたまうて、返しえしたまはず。
親王は、歌を何度も繰り返し吟じられたが、返歌を詠むことはなさらなかった。
The prince recited the poem over and over again, but did not compose a reply.77 - 21
紀の有常、御供に仕うまつれり。
紀の有常が、お供に仕えていた。
Kinoaritsune was serving as an attendant.41 - 22
それが返し、
その返し、
That is the reply,18 - 23
ひととせに/ひとたび来ます/君待てば/宿かす人も/あらじとぞ思ふ
一年に一度おいでの君を待っているのですから、ここが天の河だからといって、お目当ての方でもない限り、そう簡単に宿を貸してくれる人もいないでしょう。
Once a year, when you come, there may not be anyone willing to lend you a place to stay, even though this is the Milky Way.123 - 24
かへりて宮に入らせたまひぬ。
帰って宮にお入りになりました。
He returned and entered the palace.35 - 25
夜ふくるまで酒飲み、物語して、あるじの親王、酔ひて入りたまひなむとす。
夜が更けるまで酒を飲み、物語をして、主人の親王は、酔って寝所に入ろうとしました。
Until late at night, he drank sake and told stories, and the prince, drunk, tried to go to bed.95 - 26
十一日の月もかくれなむとすれば、かの馬の頭のよめる。
十一日の月も隠れようとしているので、馬の頭が詠んだ。
As the moon on the eleventh day is about to hide, the Right Captain of the Horse sang,86 - 27
あかなくに/まだきも月の/かくるるか/山の端にげて/入れずもあらなむ
名残惜しいのに、もう早くも月が隠れてしまうのか。山の端に逃げて、どうか隠れないでほしい。
Though I am not yet satisfied, is the moon already hiding so soon? Flee to the edge of the mountains, but please do not disappear.130 - 28
親王にかはりたてまつりて、紀の有常、
親王に代わり、紀の有常が、
In place of the prince, Kinoaritsune ..,40 - 29
おしなべて/峰もたひらに/なりななむ/山の端なくは/月も入らじを
すべての峰が平らになってしまえばよいのに。山の端がなくなれば、月も隠れることはないだろうに。
If only all the mountain peaks could become flat. If there were no mountain ridges, the moon would never set.109
- 83段【小野】
- 1
むかし、水無瀬に通ひたまひし惟喬の親王、例の狩しにおはします供に、馬の頭なるおきな仕うまつれり。
昔、水無瀬に通っていらっしゃった惟喬親王が、いつものように狩りにお出かけになる際に、馬の頭であった老人がお供をしました。
Once up a time, when Prince Koretaka would visit Minase, an old man who was the Right Captain of the Horse accompanied him on his usual hunting trips.150 - 2
日ごろ経て、宮にかへりたまうけり。
何日かして、宮にお帰りになりました。
After spending some days, he returned to the palace.52 - 3
御おくりしてとくいなむと思ふに、大御酒たまひ、禄たまはむとて、つかはさざりけり。
お見送りして早く帰ろうと思っていたが、大御酒を賜り、褒美を与えようと言って、すぐには帰れなかった。
He intended to send them off quickly and return home, but he was given sake and promised a reward, so he couldn't leave immediately.132 - 4
この馬の頭、心もとながりて、
この馬の頭は、不安に感じて、
The Right Captain of the Horse felt uneasy,43 - 5
枕とて/草ひきむすぶ/こともせじ/秋の夜とだに/たのまれなくに
枕にしようと草を結んで寝ることもできない。秋の夜ですら頼りにできないのだから。
Not even on an autumn night, when I can't trust anything, would I bother to tie the grass to make a pillow.107 - 6
とよみける。
と詠みました。
and he sang.12 - 7
時は三月のつごもりなりけり。
時は三月の末でした。
It was the end of March.24 - 8
親王おほとのこもらで明かしたまうてけり。
親王はお休みにならずに夜を明かされました。
The prince stayed up all night without going to bed.52 - 9
かくしつつまうで仕うまつりけるを、思ひのほかに、御ぐしおろしたまうてけり。
このようにしてお仕えしていたところ、思いがけず、髪をおろして出家なさいました。
While serving in this way, unexpectedly, he cut his hair and became a monk.75 - 10
正月におがみたてまつらむとて、小野にもうでたるに、比叡の山のふもとなれば、雪いと高し。
正月に参拝しようと思って、小野に参りましたところ、比叡山のふもとですので、雪が非常に高く積もっていました。
Intending to worship in the New Year, I visited Ono, but since it was at the foot of Mount Hiei, the snow was piled very high.126 - 11
しひ御室にまうでておがみたてまつるに、つれづれといともの悲しくておはしましければ、 やや久しくさぶらひて、いにしへのことなど思ひいで聞えけり。
無理に御室に参拝してお参りしたところ、もの寂しく、とても悲しいお気持ちでいらっしゃったので、しばらくの間お供して、昔のことなどを思い出してお話しされました。
Forcibly visiting the temple at Omuro and offering prayers, he felt lonely and deeply saddened, so I stayed with him for a while, and we reminisced about the old days.167 - 12
さてもさぶらひてしがなと思へど、おほやけごとどもありければ、えぶらはで、夕暮にかへ るとて、
そのままお供していたいと思いましたが、公務があったため、長くいることはできず、夕暮れに帰ろうとして、
I wished to stay with him, but as there were public duties to attend to, I couldn't stay long and began to leave at dusk.121 - 13
忘れては/夢かとぞ思ふ/おもひきや/雪ふみわけて/君を見むとは
忘れてしまうと夢かと思ってしまいます。まさか、雪を踏み分けてあなたにお会いすることになるとは思いませんでした。
When I forget, I think it must be a dream. Who would have thought that I would tread through the snow to see you?113 - 14
とてなむ泣く泣く来にける。
そう言って泣きながらやって来ました。
Saying that, he came while crying.34
- 84段【さらぬ別れ】
- 1
むかし、男ありけり。身はいやしながら、母なむ宮なりける。
昔、男がいました。身は賤しながら、母君は宮様でした。
Once upon a time, there was a man. Though he was of low rank, his mother was a princess.88 - 2
その母、長岡といふ所にすみたまひけり。
その母は長岡という所に住んでいました。
His mother lived in a place called Nagaoka.43 - 3
子は京に宮仕へしければ、まうづとしけれど、しばしばえまうでず。
子は京の宮廷に仕えていたので、母のもとに参上しようとしたけれど、そうしばしば参上できなかった。
The child served at the court in Kyoto, and though he intended to visit his mother, he often failed to do so.109 - 4
ひとつ子にさへありければ、いとかなしうしたまひけり。
一人っ子だったので、なおさら深く悲しんでいらっしゃいました。
Because he was her only child, she was even more deeply grieved.64 - 5
さるに、十二月ばかりに、とみのこととて御文あり。
そうしているうちに、12月頃に、急なことだと言って、お手紙がありました。
In the meantime, around December, there was a letter saying it was an urgent matter.84 - 6
おどろきて見れば歌あり。
驚いて見てみると、歌がありました。
Surprised, he looked and found a poem.38 - 7
老いぬれば/さらぬ別れの/ありといへば/いよいよ見まく/ほしき君かな
老いてしまうと、避けられない別れがあるというので、ますます会いたく思うあなたなのです。
Since I have grown old, and they say there is an inevitable parting, you are someone I increasingly wish to see.112 - 8
かの子、いたううち泣きてよめる。
その子は、ひどく泣きながら、こう詠みました。
The child, shedding tears, sang.32 - 9
世の中に/さらぬ別れの/なくもがな/千代もといのる/人の子のため
世の中に、避けられない別れがなければいいのに。千年もと祈る子のために。
If only, in this world, there were no inevitable partings... for the sake of the child who prays for a thousand years.118
- 85段【目離れせぬ雪】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
わらはより仕うまつりける君、御ぐしおろしたまうてけり。
幼い頃からお仕えしていた君主が、出家されました。
The lord whom I had served since childhood has taken the tonsure.65 - 3
正月にはかならずまうでけり。
男は正月には必ず参上しました。
The man always visited in the New Year.39 - 4
おほやけの宮仕へしければ、つねにはえまうでず。
朝廷のご奉公をしたので、普段は参上できませんでした。
He served at the court, so he couldn't visit regularly.55 - 5
されど、もとの心うしなはでまうでけるになむありける。
しかし、元の気持ちを失わずに訪ねて行きました。
However, he went to visit without losing his original feelings.63 - 6
むかし仕うまつりし人、俗なる、禅師なる、あまた参り集りて、正月なればことだつとて大御酒たまひけり。
昔お仕えしていた人たちが、俗人も出家者も多く集まり、正月なので縁起を祝うと言って、大御酒をお振る舞いになりました。
People who had served in the past, both laymen and monks, gathered in large numbers, and since it was the New Year, they celebrated with offerings of sacred sake.162 - 7
雪こぼすがごとふりて、ひねもすにやまず。
雪がこぼれ落ちるように降り、一日中やむことがありません。
Snow fell as if it were spilling down, and it continued all day without stopping.81 - 8
みな人酔ひて、雪にかりこめられたり、といふを題にて、歌ありけり。
皆が酔って、雪に閉じ込められたことを題材にして、歌を詠みました。
Everyone got drunk and, being snowed in, sang a song on that theme.67 - 9
思へども/身をしわければ/目離れせぬ/雪の積るぞ/わが心なる
思うけれども、自分が身を引いたので、心が離れない雪が積もるのは、私の心なのです。
Though I think of you, because I have withdrawn, the snow that does not leave my sight and keeps piling up is my heart.119 - 10
とよめりければ、親王、いといたうあはれがりたまうて、衣ぬぎてたまへりけり。
と詠んだので、親王はとても深く感動され、衣を脱いでお与えになりました。
Because he sang this, the prince was deeply moved and took off his robe and gave it to him.91
- 86段【おのがさまざま】
- 1
むかし、いと若き男、若き女をあひいへりけり。
昔、とても若い男が、若い女を愛おしく思っていました。
Once upon a time, a very young man cherished a young woman.59 - 2
おのおの親ありければ、つつみていひさしてやみにけり。
それぞれ親がいたので、慎重になって言いたいことも言わずに終わってしまいました。
Since they each had parents, they became cautious and ended up not saying what they wanted to say.98 - 3
年ごろ経て、女のもとに、なほ心ざし果たさむとや思ひけむ、男、歌をよみてやれりけり。
年月が経ち、女のもとに、やはり初めの思いを果たそうと思ったのだろう、男が、歌を詠んでやりました。
Years passed, since he still had feelings for her, he sang a song for her.74 - 4
いままでに/忘れぬ人は/世にもあらじ/おのがさまざま/年の経ぬれば
今までに忘れられない人は、この世にはいないでしょう。私もさまざまなことを経験して、長い年月が過ぎてしまったから。
There is probably no one in this world who hasn't forgotten by now. I, too, have experienced various things as the years have passed.133 - 5
とてやみにけり。
ということで、終わりました。
Saying that, it was over.25 - 6
男も女も、あひはなれぬ宮仕へになむいでにける。
男も女も、一緒に離れることなく、宮様にお仕えしました。
The man and the woman, together without parting, served the lord.65
- 87段【布引の滝】
- 1
むかし、男、津の国、菟原の郡、蘆屋の里にしるよしして、いきてすみけり。
昔、ある男が摂津国の菟原郡、蘆屋の里に領地を持ち、そこに住んでいました。
Once upon a time, a man owned land in Ashiya Village, Ubara District, in the province of Settsu, and he lived there.116 - 2
昔の歌に、
昔の歌に、
In an old song,15 - 3
蘆の屋の/灘のしほ焼き/いとまなみ/つげの小櫛も/ささず来にけり
蘆屋の灘で塩を焼くのが忙しくて、つげの小櫛もささずにここまで来てしまいました。
In Ashiya Bay, busy with the salt burning, I came here without even adorning my hair with a small boxwood comb.111 - 4
とよみけるぞ、この里をよみける。
と詠んだのは、この里を詠んだのでした。
that he sang, which is this village.36 - 5
ここをなむ蘆屋の灘とはいひける。
ここを蘆屋の灘と言っています。
This place is called Ashiya Bay.32 - 6
この男、なま宮づかへしければ、それをたよりにて、衛府の佐ども集り来にけり。
この男は生まれつき宮仕えであったので、それを頼りにして、衛府の佐どもが集まってきました。
The man was born to serve at the court, and relying on that, the officers of the imperial guard gathered around him.116 - 7
この男のこのかみも衛府の督なりけり。
この男のこのかみも衛府の督でした。
The supervisor of this man was also the head of the imperial guard.67 - 8
その家の前の海のほとりに、遊び歩きて、「いざ、この山のかみにありといふ布引の滝見にのばらむ」といひて、のぼりて見るに、その滝、ものよりことなり。
その家の前にある海辺で遊んで、「さあ、この山の神がいると言われている布引の滝を見に行こう」と登ってみたところ、その滝は他のものとは異なっていました。
Playing along the shore in front of that house, he said, "Let's go see the Nunobiki Falls, which is said to be where the mountain deity resides," and when he climbed up to see it, he found that the falls were different from anything else.238 - 9
長さ二十丈、広さ五丈ばかりなる石のおもて、白絹に岩をつつめらむやうになむありける。
長さが約二十丈、広さが約五丈の石の表面が、白い絹で岩が包まれていました。
The surface of the stone, which was about twenty fathoms long and five fathoms wide, appeared as if the rock were wrapped in white silk.136 - 10
さる滝のかみに、わらうだの大きさして、さしいでたる石あり。
さる滝の上に、円座のような大きさの差し出た石がある。
Above a certain waterfall, there is a stone that protrudes and is of a size like a round seat.94 - 11
その石の上に走りかかる水は、 小柑子、栗の大きさにてこぼれ落つ。
その石の上に流れ落ちる水は、小さなみかんや栗の大きさほどで、こぼれ落ちている。
The water running over the stone is of the size of small mandarins or chestnuts, and spills over.97 - 12
そこなる人にみな滝の歌よます。
そこにいる人に、みな滝の歌を詠ませました。
Everyone at that place composes poems about the waterfall.58 - 13
かの衛府の督まづよむ。
かの衛府の督がまず詠みました。
First, the head of the imperial guard sang a poem.50 - 14
わが世をば/今日か明日かと/待つかひの/涙の滝と/いづれ高けむ
我が世が今日か明日かと待つ私の涙の滝とこの滝とでは、どちらが高いでしょうか。
Which is higher, the waterfall of my tears waiting for my time, whether today or tomorrow, or this waterfall?109 - 15
あるじ、次によむ。
主人が次に詠む。
The master then sang.21 - 16
ぬき乱る/人こそあるらし/白玉の/まなくも散るか/袖のせばきに
乱れて抜け落ちるような人もいるらしい。白玉が、もうすぐ散ってしまうのではないかと袖で拭いながら。
It seems there are people who are as disordered as to fall out. As I wipe my sleeve, I wonder if the white jewels will soon scatter.132 - 17
とよめりければ、かたへの人、笑ふことにやありけむ、この歌にめでてやみにけり。
(歌が)詠まれていると聞いたので、相手の人が笑っていたのかもしれませんが、この歌に感心して、その気持ちはすぐに収まってしまいました。
Since it was said to have been recited, the person on the other side might have been laughing. They were so impressed by this poem that their feelings soon subsided.165 - 18
かへり来る道とほくて、うせにし宮内卿もちよしが家の前来るに、日暮れぬ。
帰り来る道が遠くて、お亡くなりになった宮内卿もちよしの家の前来たころには、日は暮れていました。
The road home was long, and by the time we arrived at the residence of the late Master of the Imperial Household in Mochiyoshi, who had passed away, the day had already ended.175 - 19
やどりの方を見やれば、あまのいさり火多く見ゆるに、かのあるじの男よむ。
宿の方を見ると、海人の漁火が多く見えるので、あの主人の男が詠みました。
Looking towards, the place where we stayed, we saw many fishing fires of the fishermen, and the master of the house sang.121 - 20
晴るる夜の/星か河べの/蛍かも/わがすむかたの/あまのたく火か
晴れた夜の星でしょうか、川辺の蛍でしょうか、私の住む家の方で海人がたく火でしょうか。
Is it the stars in the clear night sky, the fireflies by the river, or the fishermen's bonfire near my house?109 - 21
とよみて、家にかへり来ぬ。
と詠んで家に帰ってきました。
After singing the poem, he returned home.41 - 22
その夜、南の風吹きて、浪いと高し。
その夜、南の風が吹いて、波が非常に高かった。
That night, the south wind blew, and the waves were very high.62 - 23
つとめて、その家の女の子どもいでて、浮き海松の浪に寄せられたるひろひて、家の内にもて来ぬ。
早朝、その家の女の子たちが出てきて、浮いている海松が波に寄せられたのを拾って、家の中に持ってきました。
Early morning, the children of the house came out and picked up the floating seaweed that had been washed up by the waves and brought it into the house.152 - 24
女方より、その海松を高坏にもりて、かしはをおはひていだしたる、かしはにかけり。
女方から、その海松を高坏に盛って、柏の葉を覆って出した柏の葉に書いてあったのは、
From the woman, the seaweed was piled high on a high stand, and the leaves were covered with a boxwood leaf, and the boxwood leaf was written.142 - 25
わたつみの/かざしにさすと/いはふ藻も/君がためには/をしまざりけり
海の神が髪飾りに差すと言って祭る藻も、あなたのためには惜しみませんでした。
Even the seaweed, which is used as a hair ornament by the sea deity in rituals, was not spared for your sake.109 - 26
ゐなかの人の歌にては、あまれりや、たらずや。
田舎の人の歌にしては、字余りなのか、それとも字足らずなのか。
As for a song by a rural person, does it have excess or lacking syllables?74
- 88段【月をもめでじ】
- 1
むかし、いと若きにはあらぬ、これかれ友だちども集りて、月を見て、それがなかにひとり、
昔、若い頃にはない、友達が集まって、月を見ていると、その中に一人、
In the past, when I was young, I had friends gather to look at the moon, and among them, one person,100 - 2
おほかたは/月をもめでじ/これぞこの/つもれば人の/老いとなるもの
これからは月を鑑賞するのはやめよう、これが積れば、人の老いになるのですから
From now on, let us stop admiring the moon, for this, when accumulated, leads to human aging.93
- 89段【なき名】
- 1
むかし、いやしからぬ男、われよりはまさりたる人を思ひかけて、年経ける。
昔、品位のある男が、自分よりも優れた人を思いをかけて、年を重ねました。
Once upon a time, a noble man, who thought of someone greater than himself, grew older.87 - 2
人しれず/われ恋ひ死なば/あぢきなく/いづれの神に/なき名おほせむ
人に知られずに私が恋して死んでしまったなら、意味もなく、どの神に謂れなき罪をきせられるのでしょうか。
If I were to fall in love and die without anyone knowing, in vain, which deity would impose an unfounded guilt upon me?119
- 90段【桜花】
- 1
むかし、つれなき人をいかでと思ひわたりければ、あはれとや思ひけむ、「さらば、あす、ものごしにても」といへりけるを、かぎりなくうれしく、またうたがはしかりければ、おもしろかりける桜につけて、
昔、冷淡な人をどうしようかと考えていたが、可哀想に思えたのか、「それなら、明日、物のついでにでも」と言っていたのを、非常に嬉しく思い、また疑わしい気持ちもあったので、楽しかった桜にちなんで、
Once upon a time, contemplating how to deal with an indifferent person, I wondered if they might have felt pity and said, "Well then, perhaps tomorrow, as an incidental matter." I was extremely pleased by this and also somewhat skeptical, so I associated it with the enjoyable cherry blossoms.293 - 2
さくらばな/けふこそかくも/にほふとも/あなたのみかた/あすのよのこと
桜の花が今日こそはこのように美しく咲いてもなんと頼みがたい、明日の夜のことは。
Even if the cherry blossoms, today, are so fragrant, oh, it is difficult to rely on the things of tomorrow night.113 - 3
といふ心ばへもあるべし。
という気持ちになるのももっともでしょう。
It is reasonable to sing it with such feelings.47
- 91段【惜しめども】
- 1
むかし、月日のゆくをさへ嘆く男、三月つごもりがたに、
昔、月日の経過さえも嘆く男が、三月の末頃に、
Once upon a time, a man who lamented even the passage of time, in the late part of March,89 - 2
をしめども/春のかぎりの/今日の日の/夕暮にさへ/なりにけるかな
名残を惜しんでも、春の終わりの今日の日の、そのうえ、夕暮にまでなってしまったなあ。
Regretting the end of spring, even today, the day has turned into evening.74
- 92段【棚なし小舟】
- 1
むかし、恋しさに来つつかへれど、女に消息をだにえせでよめる。
昔、恋しさに来ては帰りして、女に手紙さえも渡すことができずに詠みました。
Once upon a time, though he came and went back repeatedly out of love, he was unable even to deliver a letter to the woman, and so he sang a poem.146 - 2
あしべこぐ/棚なし小舟/いくそたび/ゆきかへるらむ/しる人もなみ
葦を漕ぐ、屋根のない小舟は、何度も行き来しているだろうか。それを知る人もいない。
A reed-paddling, roofless small boat, how many times must it have gone back and forth? No one knows of it.106
- 93段【たかきいやしき】
- 1
むかし、男、身はいやしくて、いとになき人を思ひかけたりけり。
昔、身分が低くて、とてもくらべものにならないほどの身分の高い人を慕っていました。
Once upon a time, a man of low status yearned for a person of such high status that he could not compare.105 - 2
すこし頼みぬべきさまにやありけむ、ふして思ひ、おきて思ひ、思ひわびてよめる。
少しは期待できそうな様子だったのでしょうか。寝ても思い、覚めても思い、思い悩んで詠んだ歌。
Was there perhaps a glimmer of hope? He thought of it while lying down, thought of it while awake, and in his distress, he sang a song.135 - 3
あふなあふな/思ひはすべし/なぞへなく/たかきいやしき/苦しかりけり
逢うべきか逢わぬべきか、悩むべきでしょうか。わけもなく、身分の高い者と低い者が関わることは、やはり苦しかった。
Should I meet or should I not? I should ponder it. For no particular reason, the connection between the high and the low has proven to be painful.146 - 4
むかしもかかることは、世のことわりにやありけむ。
昔もこのようなことが、世の道理としてあったのでしょうか。
Did such things also happen in the past, as part of the way of the world?73
- 94段【紅葉も花も】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
いかがありけむ、その男すまずなりにけり。
どうしたのでしょうか、その男は通わなくなってしまいました。
What happened, I wonder? The man stopped visiting (her).56 - 3
のちに男ありけれど、子ある仲なりければ、こまかにこそあらねど、時々ものいひおこせけり。
後に男がいましたが、子供がいる仲でしたので、頻繁ではなかったが、時々連絡を取り合っていました。
There was a man later, but because they had children, they didn't communicate frequently, only occasionally.108 - 4
妹がたに、絵かく人なりければ、かきにやれりけるを、今の男のものすとて、ひと日ふつかおこせざりけり。
妹の家に、絵を描く人がいたので、その人に絵を描いてもらおうとしたのですが、現在、ある男からの依頼で忙しく、一日や二日では描き始めませんでした。
In his sister's house, there was a person who could paint. So, he tried to have him paint a picture, but he was currently occupied with a commission from another man and did not start the work for one or two days.213 - 5
かの男、いとつらく、「おのが聞ゆることをば、いままでたまはねば、ことわりと思へど、なほ人をば恨みつべきものになむありける」とて、ろうじて よみてやれりける。
その男は非常に辛辣に、『自分のことが聞こえないのは今まで当然のことであると思うが、それでもなお、人を恨むのは当然だ』と言って、やっとのことで詠んで送ってきた。
The man was very harsh, saying, "Although it is natural that I have not heard anything until now, it is still understandable to hold a grudge against others." He then reluctantly sang and sent a song.200 - 6
時は秋になむありける。
時は秋になっていました。
The time had become autumn.27 - 7
秋の夜は/春日わするる/ものなれや/かすみにきりや/千重まさるらむ
秋の夜は、春の日を忘れさせるものでしょうか。それとも、霧のように重なって、千重に増すのでしょうか。
Does the autumn night make one forget the spring days? Or does it, like a mist, accumulate and become a thousand times more?124 - 8
となむよめりける。
と詠みました。
as the man sang.16 - 9
女、返し、
女の返歌、
The woman responds,19 - 10
千々の秋/ひとつの春に/むかはめや/紅葉も花も/ともにこそ散れ
いくつもの秋、一つの春に出会うことがあるのでしょうか。紅葉も花も一緒に散ってしまいます
Will the many autumn things meet in a single spring? Both the red leaves and flowers scatter together.102
- 95段【彦星】
- 1
むかし、二条の后に仕うまつる男ありけり。
昔、二条の后に仕える男がいました。
Once upon a time, there was a man who served Empress Nijo.58 - 2
女の仕うまつるを、つねに見かはして、よばひわたりけり。
女性が仕えているのを常に見守って、呼び続けていた。
He constantly kept an eye on the woman he was serving, and kept calling on her.79 - 3
「いかでものごしに対面して、おぼつかなく思ひつめたること、すこしはるかさむ」といひければ、女、いと忍びて、ものごしにあひにけり。
どうしても物越しにでも対面して、はっきりしない気持ちを少しでも晴らしたいと言ったところ、女は非常にこっそりと、物越しに会いにきました。
When he said, "By any means, if I could see your face, and ease my troubled heart a little," the woman very secretly came to meet him.134 - 4
物語などして、男、
物語などをしていると、男が、
While telling a story, the man sang,36 - 5
ひこ星に/恋はまさりぬ/天の河/へだつる関を/いまはやめてよ
彦星に対する恋がますます深まっています。天の川で隔てた関は、今だけはやめてください。
My love for Hikoboshi has deepened more and more. Please, let the separation caused by the Milky Way end, at least for now.123 - 6
この歌にめでてあひにけり。
この歌に感動して、逢うようになりました。
Moved by this poem, they started to meet.41
- 96段【天の逆手】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
女をとかくいふこと月日経にけり。
女についてどうこう言っているうちに、月日がたちました。
While talking about women in various ways, time has passed.59 - 3
岩木にしあらねば、心苦しとや思ひけむ、やうやうあはれと思ひけり。
石や木ではないので、心が苦しく思っていましたが、やがて、やさしい気持ちになってきました。
If she was not for the rocks and trees, I might have felt troubled in my heart, but gradually, I began to feel a sense of compassion.133 - 4
そのころ、六月の望ばかりなりければ、女、身にかさ一つ二ついできにけり。
そのころ、六月の満月の頃だったので、女は体に瘡蓋が一つ二つできてしまいました。
At that time, around the full moon in June, the woman had developed one or two scabs on her body.97 - 5
女いひおこせたる。
女が言い出しました。
The woman started to speak.27 - 6
「いまは何の心もなし。
「今は何も思っていません。
I have no feelings now.23 - 7
身にかさも一つ二ついでたり。
体に瘡蓋が一つ二つできてしまいました。
I have developed one or two scabs on my body.45 - 8
時もいと暑し。
その時は、非常に暑うございました。
It was very hot at that time.29 - 9
少し秋風吹きたちなむ時、かならずあはむ」
少し秋風が吹いた時、必ず逢いましょう
When the autumn wind blows a little, we will meet for sure.59 - 10
といへりけり。
と言いました。
that she said.14 - 11
秋まつころほひに、ここかしこより、その人のもとへいなむずなりとて、口舌いできにけり。
秋を待つ頃に、あちらこちらから、その人のもとへ行こうとして、揉め事が出てきてしまいました。
At the time when autumn was awaited, people from various places began to go to that person, and a dispute arose.112 - 12
さりければ、女の兄、にはかに迎へに来たり。
そういうわけで、女性の兄が突然迎えに来た。
Therefore, the woman's brother suddenly came to pick her up.60 - 13
さればこの女、かへでの初紅葉をひろはせて、歌をよみて、書きつけておこせたり。
だからこの女は、楓の初紅葉を拾わせて、歌を詠み、それを書き記して送った。
Therefore, this woman spread out the first autumn leaves of the maple tree, composed a poem, and sent it written down.118 - 14
秋かけて/いひしながらも/あらなくに/木の葉ふりしく/えにこそありけれ
秋が来たと言いながらも、実際には秋ではないのに、木の葉が降り敷いて、確かに江に流れている。
Though I say that autumn has come, it is not truly autumn; the leaves are falling and indeed flowing into the river.116 - 15
と書きおきて、「かしこより人おこせば、これをやれ」とていぬ。
とかく言いながら、あちらから人を呼び寄せて、これを持って行けと言って去ってしまった。
While saying various things, they called someone from over there and said, "Take this and go," and then left.109 - 16
さてやがてのち、つひに今日までしらず。
そして、その後、とうとう今日までかわからない。
And so, after that, I don't know what happened.47 - 17
よくてやあらむ、あしくてやあらむ、いにし所もしらず。
うまくいくのだろうか、悪くなるのだろうか、昔のことは知らない。
Will it go well, or will it turn bad? I do not know of the past.64 - 18
かの男は、天の逆手を打ちてなむのろひをるなる。
その男は、天の逆手を使って呪いをかけているようだ。
That man seems to be casting a curse using the reverse hand of heaven.70 - 19
むくつけきこと。
気味の悪いことだ。
It's a creepy thing.20 - 20
人ののろひごとは、おふものにやあらむ、おはぬものにやあらむ。
人の呪いごとは、そのとおりになって、ふりかかってくるものなのだろうか、なんでもないものなのだろうか。
Will the curse of a person come true for those who are negative, or for those who are not negative?99 - 21
「いまこそは見め」とぞいふなる。
「今こそ見よ」と言っている。
He says, "Now is the time to see."34
- 97段【四十の賀】
- 1
むかし、堀河のおほきおほいまうちぎみと聞ゆる、おはしけり。
昔、堀河の大臣という方がいらっしゃった。
Once upon a time, there was a minister of Horikawa.51 - 2
四十の賀、九条の家にてせられける日、中将なりけるおきな、
四十歳の祝いが九条の家で行われた日、中将であった老翁が、
On the day when the fortieth birthday celebration was held at the Kujo residence, there was an old man who was a middle counselor who sang,139 - 3
桜花/散りかひ曇れ/老いらくの/来むといふなる/道まがふがに
桜花よ、散りかって曇らせよ、老いがやってくる道がわからなくなるほどに。
Let the cherry blossoms begin to fall and cloud the sky, so that the path of old age becomes unclear.101
- 98段【梅の造り枝】
- 1
むかし、おほきおほいまうちぎみと聞ゆる、おはしけり。
昔、太政大臣という方がいらっしゃいました。
Once upon a time, there was a minister of the highest rank.59 - 2
仕うまつる男、九月ばかりに、梅の造り枝に雉をつけて奉るとて、
仕えている男が、九月ごろに、梅の造り枝に雉をつけて奉るといって、
A man who serves, in September, attaches a pheasant to a plum tree branch and offers it, and sang, 99 - 3
わが頼む/君がためにと/折る花は/ときしもわかぬ/ものにぞありける
私が信頼しているあなたのために折った花は、花の時期もわからないものだったようです。
The flowers I picked for you, whom I rely on, seem to be those that do not recognize their season.98 - 4
とよみて奉りたりければ、いとかしこくをかしがりたまひて、使に禄たまへりけり。
と詠んで差し上げたところ、たいそう感心なさって、お使いにご褒美をお与えになりました。
After singing this poem and presenting it, he was greatly pleased and rewarded the messenger.93
- 99段【ひをりの日】
- 1
むかし、右近の馬場のひをりの日、むかひに立てたりける車に、女の顔の、下簾よりほのかに見えければ、中将なりける男のよみてやりける。
昔、右近の馬場で火を囲む集まりがあった日、向かいに止まっていた車の中から女性の顔が、下簾越しにほのかに見えたので、中将であった男が歌を詠んで送った。
Once upon a time, on the day of the fire gathering at Ukon no Baba, the face of a woman could be faintly seen through the lower curtain of a carriage that was parked across. Thus, a man who was a Middle captain sang a song and sent it to her.242 - 2
見ずもあらず/見もせぬ人の/恋しくは/あやなく今日や/ながめ暮さむ
見ないわけではない、見もしない人を恋しく思うのは、わけもなく今日一日を物思いにふけって暮すのでしょうか。
It is not that I don't see her, but longing for someone I don't see at all..will I spend the entire day today brooding over her without reason?143 - 3
返し、
返し、
Return,7 - 4
しるしらぬ/何かあやなく/わきていはむ/思ひのみこそ/しるべなりけれ
知っていることも知らないことも、どうして無意味に分けて言おうか。ただ思い悩むことだけが、道しるべであったのだ。
Knowing or not knowing, why would I speak meaninglessly? Only my thoughts have been the guide.94 - 5
のちはたれとしりにけり。
のちには、だれであるか、わかりました。
After that, I came to know who the person was.46
- 100段【忘れ草】
- 1
むかし、男、後涼殿のはさまを渡りければ、あるやむごとなき人の御局より、「忘れ草を忍ぶ草とやいか」とて、いださせたまへりければ、たまはりて、
昔、男が後涼殿の廊下を通っていたところ、ある高貴な方の御部屋から「忘れ草を忍ぶ草というのでしょうか」と言って、差し出してくださったので、受け取って、
Once upon a time, when a man was passing through the corridor of the Kōryōden, a noble lady from her chamber presented him with something, saying, "Is this plant called wasuregusa (forget-me-not) actually shinobugusa (a plant that symbolizes longing)?" and he received it.274 - 2
忘れ草/おふる野辺とは/見るらめど/こはしのぶなり/のちも頼まむ
忘れ草が茂る野原だと見えるでしょうが、これは忍ぶ草です。後々もお誓いします。
It may appear to be a field where wasuregusa (forget-me-not) grows, but this is actually shinobugusa (a plant symbolizing longing). I pledge to continue longing for you even in the future.188
- 101段【あやしき藤の花】
- 1
むかし、左兵衛の督なりける在原の行平といふありけり。
昔、左兵衛の督であった在原行平という人がいました。
Once upon a time, there was a person named Arihara Yukihira, who was a left guard.82 - 2
その人の家によき酒ありと聞きて、上にありける左中弁藤原の良近といふをなむ、まらうどざねにて、その日はあるじまうけしたりける。
その人の家に良いお酒があると聞いて、上位の位にいた左中弁の藤原良近という人を主賓として、その日は宴の準備をした。
Hearing that there was good sake at that person's house, they prepared a feast for that day with Fujiwara no Masachika, the Sadaiben, who held a high position, as the guest of honor.182 - 3
なさけある人にて、かめに花をさせり。
風情のある人で、花瓶に花を挿していました。
He was a person of refined taste, and he arranged flowers in a vase.68 - 4
その花の中に、あやしき藤の花ありけり。
その花の中に、奇妙な藤の花がありました。
In the midst of those flowers, there was a mysterious wisteria flower. 71 - 5
花のしなひ三尺六寸ばかりなむありける。
花のしなひは三尺六寸ほどありました。
The length of the flower cluster was about three shaku and six sun.67 - 6
それを題にて詠む。
それを題にして詠んだ。
He composed a poem on that theme.33 - 7
よみはてがたに、あるじのはらからなる、あるじしたまふと聞きて来たりければ、とらへてよませける。
詠み終わるころに、主人の兄弟が、饗宴を催していると聞いて来ていたので、捕まえて歌を詠ませました。
Around the time they finished singing, since he who had heard that the master's sibling was hosting a banquet and had come, they captured him and made him sang a song.167 - 8
もとより歌のことはしらざりければ、すまひけれど、しひてよませければかくなむ、
もともと和歌のことは知らなかったので、断っていましたが、無理やり詠ませたので、このように詠みました。
He originally had no knowledge of poetry, so he refused, but since he was forced to sing, he sang as follows.109 - 9
咲く花の/下にかくるる/人を多み/ありしにまさる/藤のかげかも
咲く花の下に隠れる人が多いので、以前にも増して藤の陰のようだ。
Because there are many people hiding under the blooming flowers, it seems like the shade of the wisteria is greater than before.128 - 10
「などかくしもよむ」といひければ、「おほきおとどの栄花のさかりにみまそがりて、藤氏の、ことに栄ゆるを思ひてよめる」となむいひける。
「どうしてこのように詠んだのですか」と聞いたところ、「大臣(おおきおとど)の栄華が盛んな時期にお仕えして、藤原氏が特に栄えているのを思って詠んだのです」と言ったそうです。
When asked, "Why did you sing it in this way?" he replied, "I sang it thinking of the flourishing of the Fujiwara clan while serving during the height of the great minister's glory."182 - 11
みな人、そしらずなりにけり。
みんな、非難しなくなった。
Everyone stopped criticizing.29
- 102段【世のうきこと】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
歌はよまざりけれど、世の中を思ひしりたりけり。
歌を詠むことはなかったが、世の中を思い知っていた。
He did not sing songs, but he knew the world.45 - 3
あてなる女の、尼になりて、世の中を思ひうんじて、京にもあらず、はるかなる山里にすみけり。
身分の高い女性が、尼になって、世の中を嫌になり、都にさえいない、遠く離れた山里に住んでいました。
A noble woman became a nun, grew weary of the world, and lived not even in the capital Kyoto, but in a remote mountain village far away.136 - 4
もとしぞくなりければ、よみてやりける。
もと親族であったので、歌を詠んで送りました。
Because she was originally of noble status, he sang and sent a poem.68 - 5
そむくとて/雲には乗らぬ/ものなれど/世のうきことぞ/よそになるてふ
出家したとしても、雲に乗るように天に昇るわけではありませんが、世の中の嫌なことからは遠ざかると言いますね。
Though I renounce the world, I do not ascend to the clouds; yet it is said that I will be free from the sorrows of this world.126 - 6
となむいひやりける。
と詠んでやりました。
Thus, he sang and sent her it.30 - 7
斎宮の宮なり。
斎宮の皇女でした。
She was a princess who served as a Saigu.41
- 103段【寝ぬる夜】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man.34 - 2
いとまめにじちようにて、あだなる心なかりけり。
たいそうまじめで、実直であって、浮かれた心はありませんでした。
He was very diligent and honest, and he had no frivolous thoughts.66 - 3
深草の帝になむ仕うまつりける。
深草の帝にお仕えしていました。
He served the Emperor of Fukakusa.34 - 4
心あやまりやしたりけむ、親王たちのつかひたまひける人をあひいへりけり。
心がどうかしてしまったのだろうか、親王たちのお使いをしていた人と逢って話してしまった。
Did my heart go astray? I ended up meeting and speaking with someone who served as a messenger for the princes.111 - 5
さて 、
さて、
Now,4 - 6
寝ぬる夜の/夢をはかなみ/まどろめば/いやはかなにも/なりまさるかな
眠った夜の夢が儚いと感じて、まどろんでいると、ますますその儚さが増していくことだなあ。
Feeling the dream of the night I slept to be fleeting, I doze off again, and its transience only deepens even more.115 - 7
となむよみてやりける。
と詠んでやりました。
Thus, he sang and sent her it.30 - 8
さる歌のきたなげさよ。
なんという歌の汚らしさよ。
What an unrefined (or distasteful) poem this is.48
- 104段【加茂の祭】
- 1
むかし、ことなることなくて尼になれる人ありけり。
昔、理由もなく尼になった人がいました。
Once upon a time, there was a person who became a nun for no particular reason.79 - 2
かたちをやつしたれど、ものやゆかしかりけむ、加茂の祭見にいでたりけるを、男、歌よみてやる。
姿は窶れているけれども、どこか魅力があったのだろうか、加茂の祭りを見に行っていた男性が、歌を詠んで送った。
Though her appearance was diminished, perhaps there was something alluring about her; the man who had gone to see the Kamo Festival composed a poem and sent it.160 - 3
世をうみの/あまとし人を/見るからに/めくはせよとも/頼まるるかな
世の中を疎み尼となった人を海の海士と見るからに、海松布を食わせよとも、目配せせよとも、期待してよいのかな。
When I see you, who have grown indifferent to the world and become a nun as a sea person, can I expect that you will feed them seaweed or give me a sign with your eyes?168 - 4
これは、斎宮の、もの見たまひける車に、かく聞えたりければ見さしてかへりたまひにけりとなむ。
これは、斎宮が見物されていた車に、このように歌を差し上げたので、見物を途中で止めて、帰ってしまわれたということです。
This means that the Saigu was offering this poem to the carriage that was being viewed, and thus the spectators stopped midway and returned.140
- 105段【白露】
- 1
むかし、男、「かくては死ぬべし」といひやりたりければ、女、
昔、男が「こうしていては死んでしまう」と言ったので、女、
Once upon a time, a man said, "This way, you will die," and a woman,68 - 2
白露は/消なば消ななむ/消えずとて/玉にぬくべき/人もあらじを
はかない白露は、消えるものなら消えてしまってほしい。たとえ消えなくても、飾り玉にして緒につらぬく人などいないでしょう。
The fleeting white dew, if it disappears, I wish it would disappear. Even if it doesn't disappear, there should be no one who would wear it as a decoration.156 - 3
といへりければ、いとなめしと思ひけれど、心ざしはいやまさりけり。
と言ったので、ひどく失礼だと思ったが、執心はいよいよつのってきた。
She said it, and although he thought it was very rude, his obsession only grew stronger.88
- 106段【龍田河】
- 1
むかし、男、親王たちの逍遥したまふ所にまうでて、龍田河のほとりにて、
昔、男が、親王たちがお遊びになっている場所に参上し、龍田川のほとりで、
Once upon a time, a man visited the place where the princes were strolling and by the banks of the Tatsuta River112 - 2
ちはやぶる/神代も聞かず/龍田河/からくれなゐに/水くくるとは
神々の時代にも聞いたことがない。龍田河でから紅にくくり染めにするとは。
I have never heard of such a thing, even in the age of the mighty gods: the Tatsuta River swirling its waters in deep crimson.126
- 107段【身をしる雨】
- 1
むかし、あてなる男ありけり。
昔、上品な男がいた。
Once upon a time, there was a refined man.42 - 2
その男のもとなりける人を、内記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり。
その男のもとにいた女性に、内記の職についていた藤原敏行という人が求婚した。
A man named Fujiwara no Toshiyuki, who served as a naiki (secretary), courted the woman who lived with that man.112 - 3
されど若ければ、文もをさをさしからず、ことばもいひしらず、いはむや歌はよまざりければ、かのあるじなる人、案をかきて、書かせてやりけり。
しかし若いので、文もあまりよくなく、言葉も知らず、まして歌も詠んでいないので、その主人である人は、考えをめぐらせて、書かせて送りました。
However, being young, the writing was not very good, and the words were not known, let alone the fact that no poems had been composed; thus, the person who was the owner thought about it and had it written and sent.215 - 4
めでまどひにけり。
相手はとても感心してしまいました。
She was very impressed.23 - 5
さて男のよめる。
そこで、男が詠みました。
Then, the man sang.19 - 6
つれづれの/ながめにまさる/涙河/袖のみひちて/あふよしもなし
暇を持て余して眺めていると、涙の川が袖を濡らしてしまい、会うこともできません。
When I idly gaze, the river of tears surpasses all; my sleeves are soaked, and there is no way to meet.103 - 7
返し、例の男、女にかはりて、
返し、例の男が、女にかわって、
In response, , the same man as before, on behalf of the woman,62 - 8
あさみこそ/袖はひつらめ/涙河/身さへながると/聞かば頼まむ
浅瀬であるからこそ、袖は濡れるでしょうが、涙の川に私の身まで流されると聞いたなら、お頼みもうします。
Because it is a shallow river, my sleeves will get wet, but if I hear that even my body is being swept away by the river of tears, I will humbly entrust myself to it.166 - 9
といへりければ、男いといたうめでて、いままで、巻きて文箱に入れてありとなむいふなる。
と言ったところ、男はたいそう感嘆して、今でも、その文を巻いて文箱に入れているということでした。
After he sang, the man was very impressed, and it is said that he still has the letter rolled up and placed in a document box.126 - 10
男、文おこせたり。
男が手紙を書いた。
The man wrote a letter.23 - 11
得てのちのことなりけり。
得て後のことでした。
It was after he received her.29 - 12
「雨のかりぬべきになむ見わづらひはべる。
「雨がきっと降るに違いないと思い、どうしたものかと悩んでおります。
I am troubled because I believe it is certain that the rain will fall.70 - 13
身さいはひあらば、この雨はふらじ」
わが身に幸せがあるならば、この雨は降りますまい」
If I am happy, then this rain will not fall."45 - 14
といへりければ、例の男、女にかはりてよみてやらす。
と言ったので、例の男が女に代わって和歌を詠んで送ってきた。
When he said that, the same man as before, on behalf of the woman, sang a song and sent it to him.98 - 15
かずかずに/思ひ思はず/問ひがたみ/身をしる雨は/ふりぞまされる
あれこれと思い悩み、また思わないようにしても、尋ねにくくて、私の心を知っているかのように降る雨は、ますます強く降ってきています。
Worrying about this and that, trying not to think about it, I find it hard to ask. The rain, which seems to know my heart, is increasing in intensity.150 - 16
よみてやれりければ、みのもかさも取りあへで、しとどにぬれてまどひ来にけり。
和歌を詠んでやったので、蓑も笠も用意する暇もなく、びしょ濡れになってあわてていきました。
Since he sent the song, without even having time to prepare a straw raincoat or hat, he hurriedly rushed over, completely drenched.131
- 108段【浪こす岩】
- 1
むかし、女、人の心を恨みて、
昔、女が、人の心を恨んで、
Once upon a time, a woman resented the heart of a person,57 - 2
風吹けば/とはに浪こす/岩なれや/わが衣手の/かはくときなき
風が吹くと、必ず波が寄せてくる岩のように、私の袖も乾くことがありません。
When the wind blows, like the rocks that the waves always crash upon, my sleeves are never dry.95 - 3
と、つねのことぐさにいひけるを、聞きおひける男、
と、いつもの口ぐせのように言ったのを、自分のこととして聞いた男が、
And, as he said it like his usual phrase, a man who took it personally listened.80 - 4
宵ごとに/かはづのあまた/鳴く田には/水こそまされ/雨はふらねど
毎晩、たくさんのカエルが鳴いている田んぼには、雨は降っていないけれど、水が増えている。
Every night, in the rice fields where many frogs croak, the water increases, even though no rain is falling.108
- 109段【人こそあだに】
- 1
むかし、男、友だちの人を失へるがもとにやりける。
昔、男が、歌を人を失った友だちに贈りました。
Once upon a time, a man sent a song to a friend who had lost a loved one.73 - 2
花よりも/人こそあだに/なりにけれ/いづれをさきに/恋ひむとか見し
花よりも、人の心の方がはかなくなってしまいました。いったい、誰を先に恋い慕うべきかと見ていたのでしょうか。
More than the flowers, it is the human heart that has turned fickle. I wonder, who was I thinking of longing for first?119
- 110段【魂結び】
- 1
むかし、男、みそかに通ふ女ありけり。
昔、男、密かに通う女がいた。
Once upon a time, there was a man who secretly had a relationship with a woman.79 - 2
それがもとより、「今宵夢になむ見えたまひつる」といへりければ、男、
その女が、「今宵、夢に見えました」と言ったので、男はこう詠みました。
The woman said, "Tonight, you appeared in my dream," so the man sang,69 - 3
思ひあまり/いでにし魂の/あるならむ/夜ぶかく見えば/魂結びせよ
思いが募りすぎて出ていった私の魂がまだ存在するならば、夜深くにそれが見えたら、魂を結び戻してください。
If the soul that left me due to overwhelming emotions still exists, and if it appears deep in the night, please bind it back to me.131
- 111段【まだ見ぬ人】
- 1
むかし、男、やむごとなき女のもとに、なくなりにけるをとぶらかやうにて、いびやりける。
昔、男が身分の高い女性のもとに、亡くなった人を弔うために訪れ、こうして弔いの言葉を述べました。
Once upon a time, a man visited a noble woman to offer his condolences for someone who had passed away, and thus he expressed his mourning.139 - 2
いにしへは/ありもやしけむ/いまぞしる/まだ見ぬ人を/恋ふるものとは
昔はあるかもしれませんが、今、まだ見ぬ人を恋うるものとは
In the past, it may have been so, but now, to love someone you have yet to meet,80 - 3
返し、
返し、
Response,9 - 4
下紐の/しるしとするも/解けなくに/語るがごとは/恋ひずぞあるべき
下紐が解けないことを目印にしているのに、あたかもそれを語るように恋い慕わないなんて、ありえないことだ。
Even though the lower sash remains untied as a sign, how could I not long for you, as if I were to speak of it?111 - 5
また、返し、
また、返し、
More response,14 - 6
恋しとは/さらにもいはじ/下紐の/解けむを人は/それとしらなむ
恋しいとはもう言いません。下紐が解けるのを、人はそれと知るでしょう。
I won't say that I miss you anymore. People will understand when they see my sash come undone.94
- 112段【須磨のあま】
- 1
むかし、男、ねむごろにいひちぎりける女の、ことざまになりにければ、
昔、男が親しく契りを交わした女が、事情が変わってしまったので、
Once upon a time, the woman with whom a man had deeply pledged his love experienced a change in circumstances,110 - 2
須磨のあまの/塩焼くけがり/風をいたみ/思はぬかたに/たなびきにけり
須磨の海女が塩を焼く煙が、風が強いので、思いがけない方向にたなびいてしまった。
The smoke from the salt-burning fires of the Suma divers, driven by the strong wind, drifted in an unexpected direction.120
- 113段【短き心】
- 1
むかし、男、やもめにてゐて、
昔、男が、やもめとなっていて、
Once upon a man who had become a widower,41 - 2
長からぬ/いのちのほどに/忘るるは/いかに短き/心なるらむ
長くはない命の間に、忘れるというのは、どれほど短い心なのだろうか。
During this not long life, to forget—what a fleeting heart it must be.72
- 114段【芹河行幸】
- 1
むかし、仁和の帝、芹河に行幸したまひける時、いまはさること、にげなく思ひけれど、もとつきにけることなれば、大鷹の鷹飼にてさぶらはせたまひける。
昔、仁和天皇が芹河に行幸された時、今ではそうしたことは似つかわしくないと感じられたが、以前からの習慣であったので、大鷹の鷹狩りをなさっていた。
Once upon a time, when Emperor Ninna visited Seri River, although such a thing felt unfitting at the time, since it had been a long-standing tradition, he engaged in falconry with a large hawk.193 - 2
すり狩衣のたもとに書きつけける。
摺狩衣の袂に歌を書きつけました。
He wrote a poem on the sleeve of his hunting robe.50 - 3
おきなさび/人なとがめそ/かりごろも/今日ばかりとぞ/鶴も鳴くなる
老いぼれてしまった私を、人々が咎めないでください。狩衣(かりごろも)を身にまとい、今日限りだと、鶴も鳴いているようです。
Do not criticize me for my old age. Wearing my hunting robes, the cranes seem to be crying as if this is the last day.118 - 4
おほやけの御けしきあしかりけり。
帝のご機嫌は悪かった。
The emperor was in a bad mood.30 - 5
おのがよはひを思ひけれど、若からぬ人は聞きおひけりとや。
自分の年齢を気にしていたが、年を取った人はその話を自分のこととして考えたのでしょうか。
Though he was mindful of his own age, did the older person take the story personally and reflect on it?103
- 115段【みやこしま】
- 1
むかし、陸奥の国にて、男女すみけり。
昔、陸奥の国に、男女が住んでいました。
Once upon a time, in the land of Michinoku, a man and a woman lived together.77 - 2
男、「みやこへなむ」といふ。
男が、「都に行きたい」と言いました。
The man said, "I want to go to the capital."44 - 3
この女、いとかなしうて、うまのはなむけをだにせむとて、
この女、とても悲しく思い、馬の鼻向けをだけでもと言い、
This woman, feeling very sad, said, "Let me at least give you a horse's bridle,79 - 4
おきのゐて、みやこしまといふ所にて、酒飲ませてよめる。
おきのゐて、都島という所で、酒を飲ませて詠みました。
At Okinoi Miyako Island, she let him drank sake and sang,57 - 5
おきのゐて/身を焼くよりも/悲しきは/みやこしまべの/別れなりけり
おきのいて身を焼くよりも、悲しいのは、都島辺の別れでございます。
More than burning myself at Okinoi, it is sadder to part at Miyako Island.74
- 116段【はまびさし】
- 1
むかし、男、すずろに陸奥の国までまどひいにけり。
昔、男が、わけもなく陸奥の国まで迷い込んでしまいました。
Once upon a time, a man wandered aimlessly all the way to the province of Mutsu.80 - 2
京に思ふ人にいひやる。
京にいる恋人に言い伝えました。
He told his beloved in the capital.35 - 3
浪間より/見ゆる小島の/はまびさし/久しくなりぬ/君にあひ見で
波の間から見える小島の浜に生えている松のように、長い間あなたに会えずに過ごしてしまいました。
Like the pine trees on the shore of a small island visible between the waves, I have spent a long time without seeing you.122 - 4
「何ごとも、みなよくなりにけり」となむいひやりける。
「何事も、みなよくなりました」と言ってやったのでした。
If everything has turned out well, then I have said it.55
- 117段【住吉行幸】
- 1
むかし、帝、住吉に行幸したまひけり。
昔、帝が、住吉に行幸なさいました。
Once upon a time, the emperor visited Sumiyoshi.48 - 2
われ見ても/久しくなりぬ/住吉の/きしの姫松/いくよ経ぬらむ
私が見ても年久しくなり、住吉の岸の姫松は、いく代を経ているのでしょうか。
The pine tree at Sumiyoshi has aged since I last saw it. How many years has it been?84 - 3
おほん神、げぎやうしたまひて、
大御神が姿を現して、
The great god of Sumiyoshi appeared and sang,45 - 3
むつましと/君はしら浪/みづがきの/久しき世より/いはひそめてき
親しみの心をあなたは知らないでしょうが、白浪の瑞垣の久しき世よりずっとお祝いしてきましたよ。
Without knowing the closeness, I have been celebrating since ancient times by the sacred fence.95
- 118段【たえぬ心】
- 1
むかし、男、久しく音もせで、「忘るる心もなし、まゐり来む」といへりければ、
昔、男が、久しく便りもせず、「忘れる心もなし、参り来ん」と言いました。
Once upon a time, a man who had not sent word for a long time said, "I have not forgotten you. I will come to see you."119 - 2
玉かづらはふ/木あまたに/なりぬれば/たえぬ心の/うれしげもなし
玉葛がはふ木があまたになったので、絶えぬ心は嬉しくもありません。
The kudzu vines have spread over many trees, and since you have visited so many women, I do not feel any joy in my unceasing heart.131
- 119段【形見】
- 1
むかし、女の、あだなる男の形見とておきたる物どもを見て
昔、女が、浮気な男が形見として残しておいた物などを見て、
Once upon a time, a woman looked at the keepsakes left by a faith man.70 - 2
かたみこそ/いまはあたなれ/これなくは/忘るる時も/あらましものを
この形見の品こそ、いまはつらいものです。これがなければ、あの人のことを忘れる時もありましょうものを。
This keepsake is now a painful thing. Without it, there may be times when I forget about that person.101
- 120段【筑摩の祭】
- 1
むかし、男、女のまだ世経ずとおぼえたるが、人の御もとにしのびてもの聞えて、のち、ほど経て、
昔、男は、その女はまだ恋愛を知らないと思っていたが、ある御方とこっそり愛をはぐくんでいると知ってから後、しばらくして、
nce upon a time, a man thought that the woman was still inexperienced in love, but later found out that she was secretly nurturing a relationship with someone. After that, some time passed.189 - 2
近江なる/筑摩の祭/とくせなむ/つれなき人の/なべのかず見む
近江の筑摩の祭を早くしてほしい。そっけない人がかぶる、鍋の数見たいものです。
wish the festival of Tsukuma in Omi would come sooner. I'm eager to count the number of pots that indifferent person will put on her head.139
- 121段【梅壺】
- 1
むかし、男、梅壺より雨にぬれて、人のまかりいづるを見て、
昔、男が、梅壺から雨に濡れて、人が出てくるのを見て、
Once upon a time, a man watched people leave while getting wet in the rain from a plum jar and sang,100 - 2
うぐひすの/花を縫ふてふ/笠もがな/ぬるめる人に/着せてかへさむ
うぐいすが花を縫い合わせたような笠があったらなあ。それを、濡れている人に着せて、着たまま帰ってもらいましょう。
If only there were a hat, like one sewn together from flowers by warblers. I would put it on the person who is soaked and let them wear it as they return home.159 - 3
返し、
返し、
In response,12 - 4
うぐひすの/花を縫ふてふ/笠はいな/おもひをつけよ/ほしてかへさむ
鶯が花を縫うという笠はいりません。あなたの思いをつけてください。その火で濡れた着物を乾かして、返しましょう。
I don't need a hat sewn together from flowers by warblers. Instead, please light the fire of your feelings. Use that fire to dry the wet clothes and return your feelings to me.176
- 122段【井出の玉水】
- 1
むかし、男、ちぎれることあやまれる人に、
昔、男、契れることあやまれる人に、
Once upon a time, a man sang for a person who had broken a promise.67 - 2
山城の/井出の玉水/手にむすび/たのみしかひも/なき世なりけり
山城の井出の清らかな水を、手ですくって頼みにしたが、その頼みもむなしく、何の意味もない世の中でした。
In the land of Yamashiro, I scooped the pure water of Ide into my hands, relying on it, but in this world, my reliance turned out to be in vain.144 - 3
といひやれど、いらへもせず。
と言ってやりましたが、返事もありませんでした。
that I sang, but there was no response.39
- 123段【鶉】
- 1
むかし、男ありけり。
昔、男がいました。
Once upon a time, there was a man33 - 2
深草にすみける女を、やうやう飽きがたにや思ひけむ、かかる歌をよみけり。
深草に住んでいた女を、だんだん飽きた気持ちになったのだろう、こういう歌を詠みました。
He sang this song, thinking that he was gradually getting tired with a woman who lived in Fukakusa.99 - 3
年を経て/すみこし里を/いでていなば/いとど深草/野とやなりなむ
年を経て住んでいた里を出て行けば、いよいよ草深い野となることでしょう。
After many years, if I leave the village where I lived, it will become a deep grassy field.91 - 4
女、返し、
女が、返す、
In response,12 - 5
野とならば/うづらとなりて/鳴きをらむ/かりにだにやは/君は来ざらむ
荒れ野になるならば、うずらとなって鳴いているでしょう。狩りの時になってさえも、あなたは来ないのでしょうか。
If I were in the wild fields, I would become a quail and cry out. Even during the hunt, would you not come?107 - 6
とよめりけるにめでて、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。
詠んだのに感動して、いこうと思う心がなくなってしまいました。
Moved by the poem, the desire to go disappeared from his heart.63
- 124段【われとひとしき人】
- 1
むかし、男、いかなりけることを思ひけるをりにかよめる。
昔、男がどのようなことを思っていた時に歌を歌ったのでしょうか。
Once upon a time, a man sang a song, reflecting on something he had been thinking about.88 - 2
思ふこと/いはでぞただに/やみぬべき/われとひとしき/人しなければ
思ったことを言わないで、そのままにしておきましょう。私と同じ人なんていないのですから。
I will not speak of my thoughts. There is no one who shares my feelings.72
- 125段【つひにゆく道】
- 1
むかし、男、わづらひて、心地死ぬべくおぼえければ、
昔、男が病気になり、死ぬ心地を察知したので、
Once upon a time, a man who had fallen ill and felt like he was going to die sang,82 - 2
つひにゆく/道とはかねて/聞きしかど/きのふけふとは/思はざりしを
最後に行く道だとは、聞いてはいたが、昨日、今日とは▽思いもしませんでした。
I had heard that it was the road to have to take in the end, but I did not realize that it is yesterday and today.114
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